「香川大学経済論叢」第76巻第4号(2004年3月発行)掲載
[研究ノート]

マーラーの《大地の歌》
─ 唐詩からの変遷 ─
(第4〜6楽章)


前回取り上げたマーラーの《大地の歌》の第1楽章から第3楽章までの考察では,原詩からのフランス語訳を極めて忠実にドイツ語に訳したハイルマン,より自由にドイツ語に訳したベトゲ,この二人の違いが鮮明となった。自由に訳し直したベトゲの詩が,マーラーの作曲にインスピレーションを与えることにもなったが,こうした事情は,第4楽章から第6楽章までについても同様である。 第1〜3楽章とは異なり,第4〜6楽章の原詩については,原詩から最初にフランス語訳したのがエルヴェ=サン=ドニ侯爵で,ほとんど直訳に近い信頼できる翻訳がなされているため,早い段階から特定されている。今回も,原詩からエルヴェ=サン=ドニのフランス語訳,ハイルマンとベトゲのドイツ語訳,そしてマーラーによるベトゲの改変といった変遷の過程を考察する。

    IV.第4楽章 「美について」

原詩は李白の「採蓮曲」である。松浦友久編訳『李白詩選』より引用する。

        採蓮曲 (1)         採蓮(さいれん)の曲

若耶溪旁採蓮女
笑隔荷花共人語
日照新妝水底明
風飄香袖空中舉
岸上誰家遊冶郎
三三五五映垂楊
紫騮嘶入落花去
見此躊躇空斷腸

若耶溪(じゃくやけい)の傍   採蓮の女(むすめ)
笑って荷花を隔てて   人と共に語る
日は新粧を照らして   水底明らかに
風は香袖(こうしゅう)を飄(ひるがえ)して 空中に挙(あが)る
岸上   誰(た)が家の遊冶朗(ゆうやろう)
三三 五五 垂楊(すいよう)に映ず
紫騮(しりゅう)   落花に嘶(いなな)き入りて去るも
此(これ)を見て躊躇し 空しく断腸
若耶溪のほとりで,蓮を採る女たち,
笑い,さざめき,ハスの花ごしに語りあう。
日の光は,化粧したての姿を照らして,明るく水中に写し出し,
流れる風は,香しい袖をひるがえして,高く空中に吹き抜ける。
岸辺には,どこの浮かれた男たちか,
三三,五五と,しだれ楊(やなぎ)の葉かげに見えかくれ。
栗毛の駒は嘶いて,花ふぶきの中に去ろうとするが,
女たちを見ては行きつ戻りつ,空しく心を揺さぶられるばかり。

原詩は全体で8行からなる七言古詩であるが,エルヴェ=サン=ドニは,それぞれの行の内容をほとんどそのまま,4行づつ2節に分けてフランス語に訳している。

        Sur les bords du Jo-yeh (2)     若耶溪の岸で

Sur les bords du Jo-yeh, les jeunes filles cueillent la fleur du nénuphar,
Des touffes de fleurs et de feuilles les séparent; elles rient et, sans se voir, échangent de gais propos.
Un brillant soleil reflète au fond de l'eau leurs coquettes parures;
Le vent, qui se parfume dans leurs manches, en soulève le tissu léger.
    若耶溪の岸で、若い娘たちがハスの花を摘んでいる。
    花と葉の茂みが彼女たちを隔てている。互いに見えないが、笑いながら陽気に談笑している。
    輝く陽光が水底で彼女たちのおしゃれな装身具を映し出している。
    風が彼女たちの袖の柔らかな布地を舞い上げ,芳香を飛ばす。

Mais quels sont ces beaux jeunes gens qui se promènent sur la rive?
Trois par trois, cinq par cinq, ils apparaissent entre les saules pleureurs.
Tout à coup le cheval de l'un d'eux hennit et s'éloigne, en foulant aux pieds des fleurs tombées.
Ce que voyant, l'une des jeunes filles semble interdite, se trouble, et laisse percer l'agitation de son cœur.
    しかし、何と美しい若者たちが上の岸にいることか。
    三三五五,彼らはしだれ柳の間に現れる。
    突然、一人の馬がいななき、通り過ぎる。落ちた花をひづめで踏みながら。
    それを見て,若い娘の一人がどぎまぎしているように見える。狼狽して,心の動揺を露見させている。

この訳詩では,「三三五五」を Trois par trois, cinq par cinq と訳すところまで,原詩に忠実である。 最後の行の解釈は,日本では先の引用のように,男性が若い娘たちを見て「空しく断腸」するととることが多いが,西洋では,エルヴェ=サン=ドニのこの訳以降,心が動揺するのは女性の方である。 最後の行の「此を見て」の「此」を,その前の行の内容(男たちの馬が走り去ること)と理解すれば,最後の行の主体を女性と解釈することができ,その方が合理的であると考えられるからであろう。 なお,同じ詩はユディット・ゴーティエも翻訳しており,ラ・グランジュの研究書では,どういう訳か,こちらの方が引用されている。
        Au bord de la rivière (3)     川岸で

Des jeunes filles se sont approchées de la rivière; elles s'enfoncent dans les touffes de nénuphars.
On ne les voit pas, mais on les entend rire, et le vent se parfume en traversant leurs vétements.
Un jeune homme à cheval passe au bord de la rivière, tout près des jeunes filles.
L'une d'elles a senti son cœur battre, et son visage a changé de couleur.
Mais les touffes de nénuphars l'enveloppent.
    若い娘たちが川に近づいた。彼女たちはハスの茂みに入り込んだ。
    姿は見えないが,声は聞こえる。風が彼女たちの衣服に香りをもたらす。
    馬に乗った一人の若者が川岸を通っていく。若い娘たちのすぐ近くを。
    彼女たちの一人が心が鳴るのを感じ,顔の色が変わる。
    しかしハスの茂みが彼女らを覆い隠す。

エルヴェ=サン=ドニの訳と比べると,原詩の一部を訳し、雰囲気の一部を伝えているに過ぎないといえる。渓谷の名称も省略されている。次に見るハイルマンはエルヴェ=サン=ドニの訳に基づいてドイツ語訳しており,ラ・グランジュがどうしてゴーティエの訳詩の方を紹介したのか、理解に苦しむところではある。いずれにせよ,この詩の翻訳を比べただけでも,エルヴェ=サン=ドニとゴーティエの翻訳にあったての姿勢の違いは顕著である。 さて,ハイルマンも,エルヴェ=サン=ドニの8行詩を,ほとんどそのままドイツ語に訳している。
        An den Ufern des Jo=yeh (4)     若耶溪の岸で

Am Uferrand des Jo=yeh pflücken die jungen Mädchen die Lotosblüten.
Büsche von Blumen und Blättern trennen sie; lachend, ohne einander zu sehen, rufen sie sich muntere Neckereien zu.
Das strahlende Sonnenlicht spiegelt in der Wassertiefe ihren zierlichen Putz.
Der Wind hebt das zarte Gewebe ihrer Ärmel und nimmt den Duft ihrer Wohlgerüche mit.
    若耶溪の岸で、若い娘たちがハスの花を摘んでいる。
    花と葉の茂みが彼女たちを隔てている。互いに見えないが、笑いながら陽気にからかい合っている。
    輝く陽光が水底で彼女たちのかわいい装身具を映し出している。
    風が彼女たちの袖の柔らかな布地を舞い上げ,芳香を飛ばす。

Doch was sind das für schöne Jünglinge am Ufer da oben?
Zu drei und zu fünf erscheinen sie zwischen den Trauerweiden.
Plötzlich wiehert das Pferd des einen und geht durch, mit den Hufen die gefallenen Blüten zerstampfend.
Ein holdes Kind starrt ihm nach, voll Angst, und die Erregung ihres Herzens durchbricht verräterisch die erkünstelte Fassung.
    しかし、何と美しい若者たちが上の岸にいることか。
    三三五五,彼らはしだれ柳の間に現れる。
    突然、一人の馬がいななき、通り過ぎる。落ちた花をひづめで踏みながら。
    一人のかわいい子が,不安いっぱいで彼の後姿を凝視する。そして彼女の心の興奮は,偽りの平静さを暴露してしまう。

4行2節という構成は,エルヴェ=サン=ドニのフランス語訳をそのまま踏襲している。次のベトゲは,エルヴェ=サン=ドニやハイルマンを参考にしながら,かなり自由に翻案している。若耶溪という地名も削除され,タイトルも「岸辺で」である。
        Am Ufer (5)     岸辺で

Junge Mädchen pflücken Lotosblumen
An dem Uferrande. Zwischen Büschen,
Zwischen Blättern sitzen sie und sammeln
Blüten, Blüten in den Schoß und rufen
Sich einander Neckereien zu.
    若い娘たちが岸辺でハスの花を摘んでいる。
    茂みと葉の間に腰を下ろし,ひざに花を集め,
    互いにからかい合っている。

Goldne Sonne webt um die Gestalten,
Spiegelt sie im blanken Wasser wider,
Ihre Kleider, ihre süßen Augen,
Und der Wind hebt kosend das Gewebe
Ihrer Ärmel auf und führt den Zauber
Ihrer Wohlgerüche durch die Luft.
    黄金の太陽が娘たちの姿を包み,
    彼女たちを輝く水面に映し出している。
    彼女たちの衣服や甘い目を映し出している。
    風が甘えるように
    娘たちの袖の布地を舞い上げ
    そのいい香りを大気にただよわせている。

Sieh, was tummeln sich für schöne Knaben
An dem Uferrand auf mutigen Rossen ?
Zwischen dem Geäst der Trauerweiden
Traben sie einher. Das Ross des einen
Wiehert auf und scheut und saust dahin
Und zerstampft die hingesunkenen Blüten.
    おお,見よ,美しい若者たちが
    岸辺で勇敢な馬を乗り回している。
    しだれ柳の枝葉の間を
    速足で駆けてくる。一人の若者の馬が
    いななき,おびえ暴れ,轟音をたてて通り過ぎ,
    落ちた花をひづめで踏む。

Und die schönste von den Jungfraun sendet
Lange Blicke ihm der Sorge nach.
Ihre stolze Haltung ist nur Lüge:
In dem Funkeln ihrer großen Augen
Wehklagt die Erregung ihres Herzens.
    そして一番美しい娘が
    不安の長いまなざしを送る。
    彼女の誇り高い態度は見せかけに過ぎない。
    その大きな目の火花の中で,
    彼女の心の興奮が嘆き悲しんでいる。

ベトゲの訳詞で,ニュアンスも一層豊かなものとなったが,マーラーは,このベトゲの詩にさらにかなり自由な改変をほどこしている。以下にまとめて引用する(改変部分はイタリック体)。
        Von der Schönheit     美について

Junge Mädchen pflücken Blumen,
pflücken Lotosblumen an dem Uferrande.
Zwischen Büschen und Blättern sitzen sie,
sammeln Blüten in den Schoß und rufen
sich einander Neckereien zu.
    若い娘たちが花を摘んでいる。
    岸辺でハスの花を摘んでいる。
    茂みと葉の間に腰を下ろし,
    ひざに花を集め,
    互いにからかい合っている。

Gold'ne Sonne webt um die Gestalten,
spiegelt sie im blanken Wasser wider.
Sonne spiegelt ihre schlanken Glieder, ihre süßen Augen wider,
und der Zephir hebt mit Schmeichelkosen das Gewebe
ihrer Ärmel auf, führt den Zauber
ihrer Wohlgerüche durch die Luft.
    黄金の太陽が娘たちの姿を包み、
    彼女たちを輝く水面に映し出している。
    太陽が彼女たちのほっそりした手足や甘い目を映し出している。
    そよ風が甘えるように
    娘たちの袖の布地を舞い上げ,
    そのいい香りを大気にただよわせている。

O sieh, was tummeln sich für schöne Knaben
dort an dem Uferrand auf mut'gen Rossen,
weithin glänzend wie die Sonnenstrahlen;
schon zwischen dem Geäst der grünen Weiden
trabt das jungfrische Volk einher!
    おお、見よ、美しい若者たちが
    向こうの岸辺で勇敢な馬を乗り回している。
    陽光のように遠くに輝き、
    緑の柳の枝葉の間を
    あの若い元気のいい若者が速足で駆けてくる。

Das Ross des einen wiehert fröhlich auf,
und scheut, und saust dahin,
über Blumen, Gräser, wanken hin die Hufe,
sie zerstampfen jäh im Sturm die hingesunk'nen Blüten,
hei! Wie flattern im Taumel seine Mähnen, dampfen heiß die Nüstern!
    一人の若者の馬がうれしそうにいななき
    おびえ暴れ,轟音をたてて通り過ぎる,
    花や草の上をひづめが行きかい
    突進しながら倒れた花を踏む。
    夢中になってたてがみをなびかせ,鼻孔は熱い汗をびっしょりかいている。

Gold'ne Sonne webt um die Gestalten,
spiegelt sie im blanken Wasser wider.
    黄金の太陽が娘たちの姿を包み、
    彼女たちを輝く水面に映し出している。

Und die schönste von den Jungfrau'n sendet
lange Blicke ihm der Sehnsucht nach.
Ihre stolze Haltung ist nur Verstellung.
In dem Funkeln ihrer großen Augen,
in dem Dunkel ihres heißen Blicks
schwingt klagend noch die Erregung ihres Herzens nach.
    そして一番美しい娘が
    憧れの長いまなざしを送る。
    彼女の誇り高い態度は見せかけに過ぎない。
    その大きな目の火花の中に,
    その熱いまなざしのかげりの中に,
    彼女の心の興奮が嘆き悲しむように揺れ残っている。

マーラーの改変では,特に若い娘たちの描写が細かくなっているのが注目されるが,管弦楽版の作曲にあたり,この楽章のタイトルを〈岸辺で〉から〈美について〉へと変更もしている。


    V.第5楽章 「春に酔える者」

原詩は李白の「春日醉起言志」である。松浦友久編訳『李白詩選』より引用する。

        春日醉起言志 (6)     春日 酔より起きて 志(こころざし)を言う

處世若大夢
胡為勞其生
所以終日醉
頽然臥前楹
覺來眄庭前
一鳥花間鳴
借問此何時
春風語流鶯
戚之欲歎息
對酒還自傾
浩歌待明月
曲盡己忘情

世に処ること 大夢の若(ごと)し
胡為(なんす)れぞ 其の生を労するや
所以(ゆえ)に終日酔い
頽然(たいぜん)として前楹(ぜんえい)に臥す
覚め来って庭前を眄(なが)むれば
一鳥 花間に鳴く
借問(しゃくもん)す 此れ何(いず)れの時ぞ
春風 流鶯(りゅうおう)に語る
之に感じて嘆息せんと欲す
酒に対してまた自(みずか)ら傾く
浩歌して明月を待ち
曲尽きて己(すで)に情を忘る
この世に生きることは、大きな夢を見ているようなもの。
どうして、あくせくと、我が生を苦しめてよいものか。
だからこそ、一日じゅう酔っぱらい、
くずれるように、広間の南の柱のあたりに倒れ臥す。
酔いから覚めて、庭先きに目をやれば、
一羽の小鳥が、花かげで鳴いている。
おたずねしたい、今はいったい、どんな時節なのかと。
それは春風が、流れ飛ぶ美声の鶯に語りかける時─春の盛りにほかならない。
過ぎゆく時に感じて、思わず嘆息したくなり、
酒を前にして、またもや、みずから杯を傾ける。
のびやかに歌いながら、登りくる名月を待てば、
その一曲の歌が終るとき、もはや我が心さえ忘れていた。

全体で12行からなる五言古詩であるが,エルヴェ=サン=ドニは,先の「採蓮曲」の場合と同様,それぞれの行の内容をほとんどそのまま忠実に翻訳する。この詩では,4行づつ3節に分けてフランス語に訳している。

      Un jour de printemps, le poète exprime ses sentiments au sortir de l'ivresse (7)
            春の日に詩人が酔いから覚めて感情を表現する

Si la vie est comme un grand songe,
A quoi bon tourmenter son existence!
Pour moi je m'enivre tout le jour,
Et quand je viens à chanceler, je m'endors au pied des premières colonnes.
    人生が大きな夢のようであるのなら,
    その生を苦しめて何になろう。
    私は一日中酒に酔う。
    私がよろめくようになれば,近くの柱の下で眠る。

A mon réveil je jette les yeux devant moi:
Un oiseau chante au milieu des fleurs;
Je lui demande à quelle époque de l'année nous sommes.
Il me répond: A l'époque où le souffle du printemps fait chanter l'oiseau.
    目がさめると,私は前方に目をやる。
    鳥が花の間で歌っている。
    私は尋ねる,我々がいるのはいつの季節かと。
    鳥は私に答える,春の息吹が鳥を歌わせる季節だと。

Je me sens ému et prêt à soupirer,
Mais je me verse encore à boire,
Je chante à haute voix jusqu'à ce que la lune brille,
Et à l'heure où finissent mes chants, j'ai de nouveau perdu le sentiment de ce qui m'entoure.
    私は心を動かされ,嘆息しようになる。
    しかし飲むために盃にまた注ぐ。
    月が輝くまで,大声で歌う。
    そして私の歌が止むと,私はまた周囲への感情を失ってしまった。

ハイルマンによるドイツ語訳も以下のとおりで,内容も構成もほとんど同じである。ただし,「若大夢」に相当する個所など,直訳的でなくなる傾向は見られる。
        Ein Frühlingstag (8)     春の日

Wenn das Leben ein Traum ist,
Warum sich mühen und plagen!
Ich, ich berausche mich den ganzen Tag
Und wenn ich zu schwanken beginne, dann sink' ich vor der Tür meines Hauses zum Schlafe nieder.
    人生が夢であるのなら,
    どうして努力したり苦労したりするのだろう。
    私は一日中酒に酔う。
    私がふらふらし始めたら,家の戸口の前で眠りに落ちる。

Wieder erwachend schlag ich die Augen auf.
Ein Vogel singt in den blühenden Zweigen.
Ich frage ihn, in welcher Jahreszeit wir leben,
Er sagt mir, in der Zeit, da der Hauch des Frühlings den Vogel singen macht.
    また目がさめると,私は目を開ける。
    鳥が花咲く枝で歌っている。
    私は尋ねる,我々が生きているのはいつの季節かと。
    鳥は私に言う,春の息吹が鳥を歌わせる季節だと。

Ich bin erschüttert, Seufzer schwellen mir die Brust.
Doch wieder gieß ich mir den Becher voll.
Mit lauter Stimme sing ich, bis der Mond erglänzt.
Und wenn mein Sang erstirbt, hab ich auch wieder die Empfindung für die Welt um mich verloren.
    私は驚き,ため息で私の胸はふくらむ。
    しかしまた盃をいっぱいに注ぐ。
    月が輝くまで,大声で歌う。
    そして私の歌が止むと,私はまた周囲の世界への感情をも失ってしまった。

次はベトゲの詩である。どの節も2倍の行になり,全体で24行となる。
        Der Trinker im Frühling (9)     春に酒飲む者

Wenn nur ein Traum das Dasein (10) ist,
Warum dann (11) Müh und Plag?
Ich trinke, bis ich nicht mehr kann,
Den ganzen lieben Tag.
    この世の存在がただの夢にすぎないのなら,
    どうして努力や苦労がいるのだろう。
    私は飲む,もう飲めなくなるまで,
    一日中このよき日に。

Und wenn ich nicht mehr trinken kann,
Weil Leib und Kehle (12) voll,
So tauml ich hin vor (13) meiner Tür
Und schlafe wundervoll!
    体とのどがいっぱいになって,
    もう飲めなくなれば,
    戸口の前へよろめいて行って,
    そしてぐっすり眠る。

Was hör ich beim Erwachen? Horch,
Ein Vogel singt im Baum.
Ich frag ihn, ob schon Frühling sei, -
Mir ist als wie im Traum.
    目が覚めると聞こえるのは何か,お聞き,
    鳥が樹木で歌っている。
    私は鳥に尋ねる,もう春なのかと。
    私にはまるで夢のようである。

Der Vogel zwitschert: ja, der Lenz (14)
Sei kommen über Nacht, -
Ich seufze tief ergriffen auf (15),
Der Vogel singt und lacht.
    鳥はさえずる,ええ,春が
    一夜にしてやってきたと。
    私は深くため息をつく。
    鳥は歌い,笑う。

Ich fülle mir den Becher neu
Und leer ihn bis zum Grund
Und singe, bis der Mond erglänzt
Am schwarzen Himmelsrund (16).
    私は新たに盃を満たし,
    それを底まで飲み干す。
    そして歌う,月が,
    真っ暗な天空に輝くまで。

Und wenn ich nicht mehr singen kann, (17)
So schlaf ich wieder ein.
Was geht denn mich der Frühling an (18)!
Lasst mich betrunken sein!
    もう歌えなくなったら,
    また眠りにつく。
    春は私には何の関係があるのだろう。
    私を酔わせたままにして欲しい。

この楽章は,ユニークな形で飲酒をテーマとしており,翻訳の変遷の過程で内容的にはそう大きな違いはない。ただベトゲでは,主語である「存在」の方が後置されている冒頭の1行からも明らかなように,全体としてしゃれた表現になっている。なお,マーラーは,ピアノ稿の段階ではタイトルが Trinker(酒飲む者)と,ベトゲ通りだが,管弦楽版では Trunkene(酔える者)に変更した。


    VI.第6楽章 「告別」

最後の第6楽章は,《大地の歌》全曲の中でもっとも長大な楽章である。この楽章のための歌詞として,マーラーは二つの詩を利用した。孟浩然の「宿業師山房待丁公不至」と王維の「送別」を原詩とする二つの別々の詩を,マーラーは一つにして,この楽章の歌詞としたのである。ベトゲの詩集では,この二つの詩は,それぞれ18頁と19頁に隣り合わせに並んで掲載されている。エルヴェ=サン=ドニでは,63番目に王維,67番目に猛浩然の詩が掲載されており,二つの詩は離れている上に,順序も逆である (19)。 ハイルマンでも,王維が17頁,間に別の詩を一つはさみ,猛浩然が19頁に掲載されている。マーラーが接した詩集が,ベトゲのような順番に並んでいなかったとしても,マーラーがこの二つの詩を一つに結びつけた可能性がないとは言えないが,マーラーがこの二つの詩を一つにするにあたっては,ベトゲの詩集での並べ方の影響も大きいのではなかろうか。この二つの詩を,孟浩然・王維の順序で並べて載せたベトゲの慧眼が,マーラーにもインスピレーションを与えたと考えることもできるように思われる。

まず,この楽章の前半部分の原詩である孟浩然の「宿業師山房待丁公不至」を,吉川幸次郎,小川環編『唐詩選』から引用してみる。

        宿業師山房待丁公不至 (20)     業師の山房に宿し丁公を待てど至らず

夕陽度西嶺
群壑倏已瞑
松月生夜涼
風泉滿清聽
樵人歸欲盡
煙鳥栖初定
之子期宿來
孤琴候蘿徑

夕陽 西嶺を渡り
羣壑(ぐんがく)倏(しゅく)として已(すで)に暝(く)る
松月 夜涼を生じ
風泉 清聴を満たす
樵人 帰りて尽きんと欲し
煙鳥 栖(せい)初めて定まる
之子 宿を期して来たり
孤琴 蘿徑(らけい)を候(うかご)う
夕日が西の方の山並に去り,
谷々はおやという間に暮れてしまった。
松の端の月が夜の涼しさを発生させ,
耳には風にさわぐ泉のすがすがしい響きばかり。
木こり達は山からみんな帰ってしまい,
山のもやの中に住む鳥どもはやっとねぐらに落ち着いた。
君が泊まる約束で来てくれるというものだから,
ぼくは一人琴を弾いてかずらの小路で待っているのだ
エルヴェ=サン=ドニによるフランス語訳では,この詩も8行の原詩の内容を,8行のフランス語詩に見事に訳出している。
        Le poète attend son ami Ting-Kong dans une grotte du mont Nié-chy (21)
            詩人が友人の丁公を西嶺の洞窟で待つ

Le soleil a franchi pour se coucher la chaîne de ces hautes montagnes,
Et bientôt toutes les vallées se sont perdues dans les ombres du soir.
La lune surgit du milieu des pins, amenant la fraîcheur avec elle,
Le vent qui souffle et les ruisseaux qui coulent remplissent mon oreille de sons purs.
    太陽が高い山脈を越えて沈んだ。
    やがて,すべての谷は夜の影に消えた。
    月は松の間に現れ、涼しさをもたらす。
    吹き寄せる風と流れる小川が,私の耳を濁りのない響きで満たす。

Le bûcheron regagne son gîte pour réparer ses forces épuisées;
L'oiseau a choisi sa branche, il perche déjà dans l'immobilité du repos.
Un ami m'avait promis de venir en ces lieux jouir avec moi d'une nuit si belle;
Je prends mon luth et, solitaire, je vais l'attendre dans les sentiers herbeux.
    きこりが使いつくした力を回復するために,寝床をさがす。
    鳥が枝を選び,身動き一つしない静けさの中でとまっている。
    友人が私に約束したのだ,ここへ来て私ととても美しい夜を楽しもうと。
    私は琴をとり,一人さびしく彼を待ちながら,草の繁った小道を通っていく。

前半の自然描写から,最後の琴をとって小道をぶらつく場面まで,忠実に翻訳されているといえよう。違いを挙げれば,7行目の原詩では単に「泊まる約束」で来るはずの友人が,翻訳では「夜の美しさを楽しむ」ために来ることに変わった点であろうか。 ハイルマンは,同じ4行2節の全8行の詩のまま、ドイツ語に訳している。
            Abend (22)
(Mong=Kau=Jen erwartet seinen Freund den Dichter Ting=Kong am Nin=chy=Berge.)
        夜 (孟浩然が友人で詩人の丁公を西峰で待つ)

Die Sonne sinkt und verschwindet hinter den hohen Bergen;
Die Täler verlieren sich in den Schatten des Abends;
Der Mond steigt auf zwischen den Fichten und bringt erfrischende Kühle mit,
Der Wind weht und das Rauschen des Baches erfüllt meine Ohren mit lauterem Klang.
    太陽が高い山のうしろに沈んで消える。
    谷は夜の影に消える。
    月は松の間にのぼり、すがすがしい涼しさをもたらす。
    風が吹き、小川のせせらぎが私の耳を濁りのない響きで満たす。

Der Holzhauer sucht sein Lager auf, um neue Kräfte zu gewinnen,
Der Vogel wählt seinen Zweig und sitzt in regungsloser Ruhe.
Ein Freund hatte mir versprochen zu kommen und an dieser Stelle mit mir die Schönheit der Nacht zu genießen.
Ich nehme meine Laute und wandle einsam ihn zu erwarten auf grasbedecktem Pfade.
    きこりが新たな力を得るために,寝床をさがす。
    鳥が枝を選び,身動き一つしない静けさの中でとまっている。
    友人が私に約束したのだ,ここへ来て私と夜の美しさを楽しもうと。
    私は琴をとり,彼を待ちながら,草に覆われた小道を一人でぶらつく。

ハイルマンの詩は,内容的には,エルヴェ=サン=ドニのものと,ほとんど同じである。ベトゲは3行6節からなる詩に翻案した。
        In Erwartung des Freundes (23)     友を待ちて

Die Sonne scheidet hinter dem Gebirg,
In alle Täler steigt der Abend nieder
Mit seinen Schatten, die voll Kühlung sind.
    太陽が山の彼方に沈み、 
    すべての谷に夜が下りてくる。
    冷えきった影とともに。

O sieh, wie eine Silberbarke schwebt
Der Mond herauf hinter den dunkeln Fichten,
Ich spüre eines feinen Windes Wehn.
    おお、見よ、銀色の小船のように
    月が暗い松の木陰にのぼる,
    私はかすかな風の息吹を感じる。

Der Bach singt voller Wohllaut durch das Dunkel
Von Ruh und Schlaf ... Die arbeitsamen Menschen
Gehn heimwärts, voller Sehnsucht nach dem Schlaf.
    小川が憩いと眠りの暗闇で快い響きをたてて歌う。
    仕事で疲れた人々が、
    眠りへの憧れに満ちて帰宅する

Die Vögel hocken müde in den Zweigen,
Die Welt schläft ein ... Ich stehe hier und harre
Des Freundes, der zu kommen mir versprach.
    鳥は疲れて枝にうずくまる。
    この世は眠りに入る。私はここに立ち、
    来る約束をした友を待ちわびている。

Ich sehne mich, o Freund, an deiner Seite
Die Schönheit dieses Abends zu genießen, -
Wo bleibst du nur? Du lässt mich lang allein!
    おお、友よ、私は望んでいる,
    君のそばでこの夜の美しさを楽しむことを。
    君はどこにいるのだ。私を長い間ほっておいて。

Ich wandle auf und nieder mit der Laute
Auf Wegen, die von weichem Grase schwellen, -
O kämst du, kämst du, ungetreuer Freund!
    私は琴をもって、あちこち歩き回る。
    柔らかい草でふんわりした道を。
    おお、君が来てくれるなら、不実な友よ。

詩としては,ハイルマンまでのものよりは洗練された感じになっている。マーラーはベトゲの詩にさらに大幅な改変を加えており,以下でまとめて引用する(改変部分はイタリック体)。
Die Sonne scheidet hinter dem Gebirge.
In alle Täler steigt der Abend nieder
mit seinen Schatten, die voll Kühlung sind.
    太陽が山の彼方に沈み、
    すべての谷に夜が下りてくる。
    冷えきった影とともに。

O sieh! Wie eine Silberbarke schwebt
der Mond am blauen Himmelssee herauf.
Ich spüre eines feinen Windes Weh'n
hinter den dunklen Fichten!
    おお、見よ、銀色の小船のように
    月が青い天空の海にのぼる。
    私はかすかな風の息吹を感じる,
    暗い松の木陰で。

Der Bach singt voller Wohllaut durch das Dunkel.
Die Blumen blassen im Dämmerschein.
Die Erde atmet
voll von Ruh' und Schlaf.
Alle Sehnsucht will nun träumen,
die müden
Menschen geh'n heimwärts,
um im Schlaf vergess'nes Glück und Jugend neu zu lernen!
    小川が暗闇で快い響きをたてて歌う。
    花が薄暗がりの中で色あせる。
    大地は憩いと眠りに満ちて息づく。
    すべてのあこがれが今や夢を見ようとする。
    疲れた人々は、帰宅する,
    忘れてしまった幸福と若さを眠りの中で新たに学ぶために。

Die Vögel hocken still in ihren Zweigen.
Die Welt schläft ein!
Es wehet kühl im Schatten meiner Fichten.
Ich stehe hier und harre meines Freundes.
Ich harre sein zum letzten Lebewohl. (24)
    鳥は枝に静かにうずくまる。
    この世は眠りに入る。
    松の木陰を冷たい風が吹く。
    私はここに立ち、友を待ちわびている。
    最後の別れのために彼を待ちわびている。

Ich sehne mich, o Freund, an deiner Seite
die Schönheit dieses Abends zu genießen.
Wo bleibst du? Du lässt mich lang allein!
    おお、友よ、私は望んでいる。
    君のそばでこの夜の美しさを楽しむことを。
    君はどこにいるのだ。私を長い間ほっておいて。

Ich wandle auf und nieder mit meiner Laute
Auf Wegen, die von weichem Grase schwellen.
O Schönheit, o ewigen Liebens, Lebens trunk'ne Welt! (25)
    私は琴をもって、あちこち歩き回る。
    柔らかい草でふんわりした道を。
    おお、美よ、おお、永遠の愛と生命に酔いしれた世界よ!

マーラーはピアノ稿の段階から管弦楽版を作曲した際に,注に記したように,2ヵ所変更した。この2ヶ所が,ベトゲとの一番の違いを示している。まず「最後の別れのために彼を待ちわびている」という設定に変えられたことである。ベトゲまでは,単に友人を待っているだけに過ぎず,別れる友を待っているわけではなかったからである。この改変により,詩全体がより重い雰囲気を持ったものになるが,このあとの後半の王維の「送別」を原詩とする詩と自然な形でつながる感じも強まっている。それから,最後の部分の「おお、美よ、おお、永遠の愛と生命に酔いしれた世界よ!」も,作曲家の当時の心境を投影したものなのか,歌詞としてかなり効果的・感動的である。

後半部分は,王維の「送別」を原詩としている。松浦友久編『校注唐詩解釈辞典』より引用する。

        送別 (26)
下馬飲君酒
問君何所之
君言不得意
歸臥南山陲
但去莫復問
白雲無盡時
馬より下りて 君に酒を飲ましむ
君に問ふ 何の之(ゆ)く所ぞ;
君は言ふ 意を得ず
南山の陲(ほとり)に帰臥(きぐわ)せんと
但だ去れ 復(また)問ふこと莫(なか)らん
白雲 尽くる時無し
馬から下りて,君に別れの酒をついであげよう。
そして君にたずねよう,どこへ行くのかと。
君はいう,世にあって志が得られない,
帰って南山のふもとに隠れ棲むのだと。
では行きたまえ,もう何もたずねまい。
山の中には白雲が悠々と流れて,尽きることはないのだから。
エルヴェ=サン=ドニによる訳は,この6行の詩でも,ほとんどそのまま1行ずつ忠実に訳されている。
        En se séparant d'un voyageur (27)     旅立つ者と別れる時

Je descendis de cheval; je lui offris le vin de l'adieu
Et je lui demandai quel était le but de son voyage.
Il me répondit; je n'ai pas réussi dans les affaires du monde;
Je m'en retourne aux monts Nan-chan pour y chercher le repos.
Vous n'aurez plus désormais à m'interroger sur de nouveaux voyages,
Car la nature est immuable, et les nuages blancs sont éternels.
    私は馬からおりた,私は彼に別れの酒を差し出した。
    そして、旅の目的は何かと尋ねた。
    彼は答えた、私はこの世では成功しなかった。
    南山に戻り,憩いを見つけるのだと。
    あなたはもう私に新たな旅について尋ねることもないだろう。
    自然は不変だし、白雲は永遠なのだから。

最後の2行は,ここでは別れる友人が作者に言ったという設定になっている。先の『校注唐詩解釈辞典』によれば,「(作者が友人に)もう尋ねまい」とする解釈が圧倒的に多いが,「(友人が作者にむかって)もうこれ以上尋ねてくれるな」とする解釈も少数ながらあるとのこと (28)。 エルヴェ=サン=ドニによる解釈も,これに近いと言える。前者の解釈の方が多い理由は不明だが,後者の少数派の説の方が合理的な印象を与えるのは,この巧みなフランス語詩のせいであろうか。 ハイルマンも,6行の詩として翻訳している。
        Abschied von einem Freunde (29)     友との別れ

Ich stieg vom Pferd, bot ihm den Abschiedstrunk
Und fragte ihn nach dem Ziel und Zweck seiner Fahrt.
Er sprach: Ich hatte kein Glück in der Welt
Und ziehe mich nach meinem San=chan=Bergen zurück, um Ruhe dort zu finden.
Ich werde nicht mehr in die Ferne schwiefen,
Denn die Natur ist immer dieselbe, und ewig sind die weißen Wolken.
    私は馬からおりて,彼に別れの盃を差し出した。
    そして旅の目的を尋ねた。
    彼は言った,私はこの世で運に恵まれなかった。
    それで我が南山に戻り,そこで憩いを見つけるのだと。
    私は決して遠くへは行くまい,
    自然はずっと同じだし,白雲は永遠なのだから。

5行目が,原詩及びエルヴェ=サン=ドニのものと少々異なるが,それ以外はほとんど同一である。次はベトゲの訳であるが,5行2節の詩へと改変する。
        Der Abschied des Freundes (30)     友の別れ

Ich stieg vom Pferd und reichte ihm den Trunk
Des Abschieds dar. Ich fragte ihn, wohin
Und auch warum er reisen wolle. Er
Sprach mit umflorter Stimme: Du mein Freund,
Mir war das Glück in dieser Welt nicht hold.
    私は馬から下りて彼に別れの盃を差し出した。
    そして彼に尋ねた。どこへ行くのかと。なぜそうあらねばならないのかと。
    彼は曇った声で言った。おお友よ、
    私はこの世では運に恵まれなかった。

Wohin ich geh? Ich wandre in die Berge,
Ich suche Ruhe für mein einsam Herz.
Ich werde nie mehr in die Ferne schweifen, -
Müd ist mein Fuß, und müd ist meine Seele. -
Die Erde ist die gleiche überall,
Und ewig, ewig sind die weißen Wolken. . .
    どこへ行くか。私は山へさまよい入り、
    孤独な心の憩いを求めるのだ。
    私は決して遠くへは行くまい。
    私の足は疲れ,私の心も疲れている。
    大地はどこでも同じであり、
    そして白雲は永遠である。

ハイルマンまでは,隠遁する「南山」という山の名前が記されているが,ベトゲではただ「山々」 (die Berge) という普通名詞だけになっている。第4楽章の詩で,「若耶溪」という具体的な地名がベトゲの段階で削除されたことと同様の処理だが,これはより普遍的な内容を目指そうとしたためであろう。この点は,マーラーの志向とも一致したと考えられる。 そのマーラーの改変は,かなり大胆である。まず,前半の孟浩然の詩と自然な形でつなげるため,冒頭の人称代名詞を「私」から「彼」に変える。
Er stieg vom Pferd und reichte ihm den Trunk des Abschieds dar.
Er fragte ihn, wohin er führe und auch, warum, warum es müsste sein.
Er sprach, seine Stimme war umflort: Du, mein Freund,
mir war auf dieser Welt das Glück nicht hold!
    彼は馬から下りて彼に別れの盃を差し出した。
    そして彼に尋ねた。どこへ行くのかと。なぜそうあらねばならないのかと。
    彼は言った、その声は曇っていた。おお友よ、
    私はこの世では運に恵まれなかった。

Wohin ich geh'? Ich geh', ich wandre in die Berge.
Ich suche Ruhe fur mein einsam Herz!
Ich wandle nach der Heimat, meiner Stätte!
Ich werde niemals in die Ferne schweifen.
Still ist mein Herz und harret seiner Stunde!
    どこへ行くか。私は行く、山へさまよい入り、
    孤独な心の憩いを求めるのだ。
    私は故郷へ、私の場所へさすらう。
    決して遠くへは行くまい。
    私の心は静かで、その時を待ちわびている。

Die liebe Erde allüberall blüht auf im Lenz und grünt aufs neu!
allüberall und ewig blauen licht die Fernen,
ewig, ewig!

    愛する大地のいたるところ、春には花が咲き、新たに緑になる。
    いたるところ、永遠に、遠方は明るく青い,
    永遠に、永遠に!

この最後の部分は,マーラーの創作がかなり加わった壮大な変容である。「白雲は尽くる時無し」という原詩の最後の行は,ベトゲにいたるまで「白雲は永遠である」という内容のまま踏襲されてきたが,マーラーでは,その「白雲」もなくなり,「永遠に」という言葉が繰り返されて,全曲が終了する。

以上,マーラーの《大地の歌》の歌詞の唐詩からの変遷を考察し,原詩からマーラーの歌詞に至るまでの複雑な過程の一端を解明してきた。近年の研究の進展に伴う状況については,柴田南雄氏が「出発点の漢詩からベートゲまでの複雑な中間経過と,マーラー自身が作曲に際して例のごとくどのように修正しているか,それらの経緯を押さえないで《大地の歌》の歌詞の出典のみを云々することは,今や無意味となった」(31) と書いている通りである。この研究ノートからも明らかなように,原詩とマーラーの歌詞だけを比較することも,あまり意味があるとはいえまい。その「複雑な中間経過」のより詳細な分析は,今後の研究に委ねたい。


(1)   松浦友久編訳:李白詩選(岩波文庫) 1997,241〜242頁。

(2)   Mitchell, Donald: Gustav Mahler. Songs and Symphonies of Life and Death. Woodbridge (Boydell) 2002(1985). S.269.

(3)   La Grange, Henry-Louis de: Gustav Mahler III: Le génie foudroyé. Paris (Fayard) 1984. S.1148.

(4)   Heilmann, Hans: Chinesische Lyrik vom 12.Jahrhundert v. Chr. bis zur Gegenwart. München u. Leipzig (Piper) 1905, S.33f.

(5)   Bethge, Hans: Die chinesische Flöte. Leipzig (Insel) 1929, S.26f.

(6)   松浦友久:前掲書,229〜230頁。

(7)   La Grange: a.a.O., S.1154.

(8)   Heilmann: a.a.O., S.28f.

(9)   Bethge: a.a.O., S.28f.

(10)   マーラーの管弦楽版では, Dasein (存在)を Leben (人生)に変更。

(11)   マーラーでは, dann から denn に変更。

(12)   マーラーでは, Leib und Kehle から Kehl' und Seele(のどと心)に変更。

(13)   マーラーでは, vor から bis zu に変更。

(14)   マーラーの管弦楽版では, Lenz のあとに ist da が挿入。

(15)   マーラーでは, Aus tiefstem Schauen lauscht' ich auf (私は深く観察して,耳を傾ける)に変更。

(16)   マーラーの管弦楽版では, Himmelsrund から Firmament(天空)に変更。

(17)   この行は2回繰り返して歌われる。マーラーのピアノ稿では,1回目の歌詞だけを singen から trinken に変えたが,管弦楽版では,2回とも singen に戻した。

(18)   マーラーのピアノ稿では Was geht mich Welt und Frühling an に変えているが,管弦楽版ではまたもとに戻っている。

(19)   http://afpc.asso.fr/wengu/Tang/
          このサイトには,エルヴェ=サン=ドニの『唐詩』に含まれる詩が,すべて掲載されている。

(20)   吉川幸次郎,小川環編: 唐詩選 (筑摩書房) 1973, 62頁。

(21)   La Grange: a.a.O., S.1160. Mitchell: a.a.O., S.331.

(22)   Heilmann: a.a.O., S.19.

(23)   Bethge: a.a.O., S.18.

(24)   ピアノ稿では, er kommt zu mir der es mir versprach.(彼は来ると私に約束した)

(25)   ピアノ稿では,ベトゲとほぼ同じ     O kämst du! O kämst du ungetreuer Freund.

(26)   松浦友久編: 校注唐詩解釈辞典 (大修館書店) 1987, 52〜53頁。

(27)   La Grange: a.a.O., S.1162.

(28)   松浦友久:前掲書,55頁。

(29)   Heilmann: a.a.O., S.17f.

(30)   Bethge: a.a.O., S.19.

(31)   柴田南雄:『グスタフ・マーラー事典』によせて 〔アルフォンス・ジルバーマン(山我哲雄訳):グスタフ・マーラー事典 (岩波書店) 1993, 623〜638頁〕637頁。