「香川大学経済論叢」第71巻第3号(1998年12月発行)掲載
[研究ノート]

三つのオレンジの恋
─ バジーレ、ゴッツィ、プロコフィエフ ─


  T ゴッツィと寓話劇

イタリアのヴェネチアに生まれ、コメディア・デ・ラルテの劇作家として知られるゴッツィ (Carlo Gozzi: 1720〜1806) について、日本ではまだ本格的な評伝は書かれていないようである。 『集英社世界文学大事典』でも、次のような簡潔な記述が与えられているに過ぎない。

イタリアの劇作家。ヴェネツィアに生まれる。 『三つのオレンジへの恋』 L'amore delle tre melarance (1761 ヴェネツィア初演)や 『トゥーランドット』(1762)がよく知られている。 ゴルドーニの演劇改革に反対し、イタリア演劇の伝統を擁護する立場をとった。 保守的な反啓蒙主義的思想の持ち主であったが、前記2作を含めた10編の『寓話劇』 Fiabe(1761〜65発表)はドイツ、フランスのロマン派の作家に大きな影響を与えた。

ここで触れられている「三つのオレンジの恋」「トゥーランドット」といった作品は、後世オペラ化されて有名になっており、ゴッツィの名前は、その原作者として知られているといってよい。 ゴルドーニによる写実劇重視への演劇改革に反対して論戦を挑み、日常世界からかけ離れたメルヒェンを素材にして伝統的なコメディア・デ・ラルテを再興させようと目論んだ。 その実践として、41歳のとき、「三つのオレンジの恋」を発表し、センセーショナルな成功を収め、その後の5年間で立て続けに全部で10本の寓話劇を発表している。

その後は、筆を断つが、1798年出版の彼の自叙伝「仇なる回想」 (Momoire inutili)によれば、「どんなジャンルもいずれは自然に衰えるのだから、聴衆から離れるのは、退屈感や嫌悪感を持たれてからよりは、まだ期待感を持たれているうちの方がよい」という考えに基づくという。 後年、17世紀のスペイン古典劇の改作にも従事し、カルデロン(Calderon: 1600〜81)などの劇作家の作品を翻案上演もしたが、これは寓話劇ほどの大成功という訳にはいかなかったようである(1)

結局のところ、10本の 『寓話劇』(Fiabe teatrali) を上演した5年間での活躍によって、後世に大きな影響を与え、名を残してた。 これらの作品を上演された年代順に整理してみると、以下のような表にまとめられる(2)

 作 品 名成立後世のオペラ化(初演)
1三つのオレンジの恋  
(L'amore delle tre melarance / The Love of Three Oranges)
1761プロコフィエフ (1921)
2カラス 
(Il corvo / The Raven)
1761 
3鹿の王  
(Il re cervo / The King Stag)
1762ヘンツェ (1956)
4トゥーランドット 
(Turandot)
1762ブゾーニ (1917)
プッチーニ (1926)
5蛇女 
(La donna serpente / The Serpent Woman)
1762ワーグナー「妖精」(1888)
6ゾーベイデ 
(Zobeide)
1763 
7幸運な乞食たち 
(Il pitocchi fortunati / The Fortunate Beggars)
1764 
8青い怪物 
(Il mostro turchino / The Blue Monster)
1764 
9緑のきれいな小鳥(3) 
(L'augellin belverde / The Green Bird)
1765 
10ゼイム、魔神の王 
(Zeim, re dei geni / Zeim, King of the Genies)
1765 

これらの10の作品のうち、後年のオペラ化による改作で今日まで知られているのが、1761年の「三つのオレンジの恋」、1762年の「鹿の王」「トゥーランドット」「蛇女」の4つである(4)。 1763年以降のものがオペラでの題材にあまりなっていないのは、哲学的傾向が強まり、ゴッツィの嫌った啓蒙主義や合理主義に対して、罵声を浴びせるような表現が見受けられるようになる(5)ことと関係があるのかどうか、今後、検討したい課題である。

この研究ノートでは、ゴッツィの寓話劇の第1作目である「三つのオレンジの恋」の概要について、プロコフィエフのオペラ、及びこの寓話劇に題材を提供したとされるバジーレの『ペンタメローネ』との比較を通して考察する。



  U 「三つのオレンジの恋」 --ゴッツィとプロコフィエフ--

ロシアの劇作家メイエルホリド(Vsevolod Meyerhold: 1874〜1940)は、1914年に『三つのオレンジの恋:ドクトル・ダペルトゥットの雑誌』という演劇雑誌を出版し、その創刊号に、ゴッツィの「三つのオレンジの恋」を,2人の協力者と翻案発表した。 メイエルホリドが選んだダベルトゥットという名前は、ドイツのロマン派の作家ホフマン(E. Th. A. Hoffmann: 1776〜1822)のペンネームでもあったという(6)。 オッフェンバック(Jacques Offenbach: 1819〜80)のオペラ「ホフマン物語」のジュリエッタの幕にも、この名前の魔法使いが登場するが、その原作となったホフマンの「失われた鏡像の物語」(7)に登場する人物でもある。 メイエルホリドに私淑し親交もあったプロコフィエフ(Serguei Prokofiev: 1891〜1953)は、1918年に日本を経由してアメリカへ亡命したが、その際に、彼からもらったこの雑誌を持参した。 これを基づいて自らオペラの台本を作成し、アメリカ亡命中の1919年から20年にかけて作曲し、1921年にシカゴで初演がなされた。

このプロコフィエフのオペラのあらすじは、次のように簡潔にまとめられる。

舞台は架空の国。オペラは、クラブの王様が極度の憂鬱症の王子を笑いで癒そうと、娯楽を企画するよう第1大臣レアンドロに命じるところから始まる。 レアンドロは密かに王子を暗殺を企んでいる。 王子は邪悪な魔女ファタ・モルガナを笑ったことで怒らせてしまい、もうひとりの魔法使いクレオンテのところへ三つのオレンジを見つけに行かされる。 道化師トゥルファルディーノは二つのオレンジを割るが、中にいた2人の王女は喉の渇きで死んでしまう。 王子が3番目のオレンジを割るが、王女ニネッタは、観客の誰かがバケツの水を持ってくることによって助かる。 しかしファタ・モルガナの侍女スメラルディーナは、ニネッタをねずみに変えてしまい、彼女の代わりになる。 良い魔法使いチェリオがニネッタをもとの姿に戻し、陰謀を企てた者たちを片づけ、王子と王女はめでたく結ばれる。
(『オックスフォード オペラ大事典』 平凡社)
細部の違いが多少はあるにせよ、プロコフィエフのオペラは、ゴッツィの原作をほとんどそのまま踏襲している。主な登場人物も、ほとんど同じである。ゴッツィとプロコフィエフの登場人物を比較したのが、次の表である。

Gozzi
Prokofiev
王宮の人々国王シルヴィオ、ハートの王クラブの王
王子タルタリア王子王子
国王の姪クラリーチェクラリーチェ
大臣レアンドロ
(ハートのジャックの服)
レアンドル
(スペードのキングの服)
家臣道化トゥルファルディーノトゥルファルディーノ
王の家臣パンタローネパンタロン
レアンドロの家臣ブリゲルラ(存在しない)
モルガナの家臣スメラルディーナスメラルディーナ
地下の勢力良い魔法使いチェリオチェリオ
悪い魔女ファタ・モルガナファタ・モルガナ
悪魔ファルファレロファルファレロ
クレオンタの城魔女クレオンタ(8)(舞台には登場しない)
 料理人料理人
 門、犬、ロープ(存在しない)
オレンジの王女第1の王女(名前はない)リネッタ
第2の王女(名前はない)ニコレッタ
第3の王女ニネッタニネッタ

プロコフィエフでの主な変更点としては、以下のものが挙げられる。

ゴッツィの作品では、地下の勢力を演じる2人の役、魔術師チェリオと魔女ファタ・モルガナがライヴァルとして登場するが、それぞれ、当時のヴェネツィアの文学界を二分していたゴルドーニ (Carlo Goldoni: 1707〜93)とキアーリ (Pietro Chiari: 1711〜85)を風刺していることも有名である。 チェリオは、法律的な表現やラテン語の格言を語ることによってゴルドーニを、ファタ・モルガナは、絶えず大げさな表現をすることによってキアーリを揶揄している。 初演で大受けしたのも、聴衆がこうした風刺を即座に理解したからだとされる。 また、タルタリア王子はヴェネツィアの聴衆の寓意であり、彼がコメディア・デ・ラルテの代表的人物であるトゥルファルディーノによって救われるという巧みな構図も見て取れる(9)

このゴッツィの作品は、ジングシュピールにも影響を与えているようである。 破壊者で超現実的な女性(ファタ・モルガナ)と、人類の救済者で高貴な男性(チェリオ)というイメージは、シカネーダー(Emanuel Schikaneder: 1751〜1812)の台本による有名なモーツァルトの「魔笛」(1791年)の夜の女王とザラストロをも想起させる。 また、タルタリア王子とトゥルファルディーノのコンビは、「魔笛」の王子タミーノとパパゲーノとも共通点がある。前者の王子は毅然としているのに対し、後者は目先の欲望(空腹やのどの渇きなど)に負けやすいという点である(10)



  V バジーレからの影響 --多様なモチーフの統合--

ゴッツィが寓話劇の劇作に、バジーレ (Giambattista Basile: 1575〜1632)の『ペンタメローネ』(五日物語)を利用していることは、よく知られている。ナポリ方言で書かれたこの物語は、元来は『お話のなかのお話』(Lo cunto de li cunti)と題され、ヨーロッパにおける最初のメルヒェンの集大成として、その後のペローやグリム兄弟にも多大の影響を与えている。 この作品は、5日間に渡って毎日10の民話を物語り、全部で50の民話が語られる枠物語の形式をとっている。その枠を形作るのが、物語全体の冒頭の「導入部」('Ntroduzzione)である。この話の内容は、次の通りである。

鬱病で一度も笑ったことのない娘のゾーザ王女を笑わせるため、王は様々な手段を講じる。 宮殿の前に油の噴水を作らせると、老婆がやってきて、その油を水差しに入れ始める。 そこへ、悪童が石を投げて、老婆の水差しを割る。 互いに罵声を言い合い、老婆は猛烈に激怒。この老婆の姿を見て、ゾーザ王女は大笑い。 すると、今度は、老婆は王女に呪いをかける。 死の魔法にかけられているタッデオ王子と一緒になる以外には、王女は幸福を見出すことはできないと。 タッデオ王子を生き返らせるには、墓の近くにある壷に、3日で涙を満たさなければならない。 王女はもう少しで成功するという寸前に、睡魔に襲われ寝入ったしまう。 これを見ていた黒人の奴隷女に壷は奪われ、目覚めたタッデオ王子は、この奴隷女と結婚する。

このあと、ゾーザ王女は、この奴隷女が昔話を聞きたがるようにしむける。 5日間に渡って50のお話を繰り広げるという『ペンタメローネ』の枠物語の枠が、こうして設定されるのである。そして、一番最後の5日目の10番目の物語で、ゾーザはこれまでの出来事を、タッデオ王子と王子を横取りした奴隷女の前で語る。真実を知ったタッデオは、奴隷女を生き埋めの刑に処し、ゾーザはダッデオと結婚する。

この導入部の話で、鬱病で笑わない王女、笑いで癒そうとする国王、笑われた仕返しに呪いをかける老婆、奴隷女による王子の横取り、といった、「三つのオレンジの恋」のお馴染みのモチーフが登場する。 そして、ゾーザ王女、彼女の父、老婆が、ゴッツィでは、それぞれタルタリア王子、クラブの王、ファタ・モルガナということになる。

その他に、『ペンタメローネ』では、最後から2番目にあたる5日目の9番目に「三つのシトロン」(Le tre cetra(11))と題された物語があり、これも「三つのオレンジの恋」の源泉の一つとみなされる。この「三つのシトロン」の内容は次の通り。

ところが、王子がこの乙女のために衣装を取りに戻っている間、黒人の奴隷女が、一人で待っている乙女を見つける。 事情を聞いて、自分が代わりに王妃になろうと企み、ピンを刺して乙女を鳩に変えてしまう。 王子が戻って、この奴隷女を見て驚くが、やむなく連れて帰る。 婚礼の祝宴の準備が進む調理場に、この鳩が現われ、歌を歌う。 奴隷女の命令で、鳩は捕えられ、熱湯に入れて羽をむしり取られ、バルコニーの下の地面に投げ捨てられる。 すると今度は、そこからシトロンの木が生え、すぐにシトロンの実もなる。 王子は、かつて老婆からもらったナイフでこのシトロンを切ると、中から3個目のシトロンの王女が姿を現わす。 事情を知った王子に、奴隷女は焼き殺される。

この物語にも、「三つのオレンジの恋」と共通のモチーフをいろいろ存在している。 シトロンとオレンジの違いはあるが、3つの果実から女性が出現し、3個目の果実から出てきた女性だけが生き延びること。 奴隷女が王妃になろうとして、乙女を鳩に変えてしまうことなどである。 本来の花嫁を騙して、自分が王妃の座につくというのは、「導入部」の物語も同様で、他にも、いろいろなメルヒェンの存在が知られている。 リュティが『昔話の解釈』で、「偽の花嫁と本当の花嫁」として一章を充てて考察しているほどである。

このように、『ペンタメローネ』を「三つのオレンジの恋」の源泉と考えると、導入部と「三つのシトロン」の2つの物語が、主要なモチーフを提供していることがわかる。これを簡単に図示してみると、次のようになる。

 導入部三つのシトロン
鬱病で笑わない王女
 
笑われ呪いをかける老婆
 
果実から登場する乙女 
王女と入れ替わる女奴隷
変身させられる王女 

ゴッツィによる劇作化の過程でのバジーレとの変更点は、鬱病で笑わないのが王女でなく王子であること、果実がシトロンでなくオレンジであることが一番目立っている。 その他、王女の変身の過程も違っている。 果実から登場して王女になる女性が、バジーレでは、「王女 → 鳩 → 木 → シトロン → 王女」の順序で変身していくが、ゴッツィでは、「王女→ 鳩 →王女」と、鳩から一気に人間に戻る(なお、プロコフィエフでは、「王女 → ねずみ → 王女」である)。 木に実ったシトロンから再度登場するというプロセスが省略されたのは、劇の進行上の問題と思われる。 物語と違い、劇ではあまり煩瑣になり過ぎると、劇的効果も緊張感も損なわれるからであろう。 ゴッツィは「トゥーランドット」でも、同様の理由で、ペティ・ド・ラ・クロワの『千一日物語』における原作を改変している。 原作では、女奴隷のアデルマが自害し、その葬儀が行われたあと、カラフとトゥーランドットの結婚が挙行されるが、ゴッツィでは、アデルマの自殺はカラフに押し止められ、死ぬことなく、一気に結末へと向かう。

次に、憂鬱症の王女や王子が、なぜ笑うのかという原因を考察したいと思う。ゴッツィでは、笑いの原因は、トゥルファルディーノとファタ・モルガナとの間での次のようなやり取りである。

She hits him; he hits her again and knocks her down, her legs go sprawling into the air. (彼女は彼を叩く。彼は彼女を叩いて倒す。彼女の足は不格好に宙に伸びる。)
プロコフィエフでも、ほぼ同様のト書きになっている。
Il la pousse. Elle tombe en relevant tres haut les jambes. (彼は彼女を押す。彼女は足を高くまで上げて倒れる。)
英語だと、「彼女はまっさかさまに倒れる(she falls head over heels.)」となっており、どうやら、足を上にして、ぶざまな格好で転んでしまうことのようである。この点について、バジーレの物語では、次のように書かれている。
このように仲間ともども悪しざまにこきおろされて老婆は怒り狂った。 われを忘れ、堪忍袋の緒をひきちぎると、舞台正面の垂れ幕をさっとたくし上げ、恋の牧童シルヴィオ(12)を「行け、角笛もて目覚めさせよ」と武者震いさせんばかりの茂みをさらけだした。 このありさまを見てゾーザはぷっと吹きだし、笑って笑ってもう気絶せんばかりに笑いこけた。
(杉山洋子/三宅忠明訳)
老婆が悪童に水差しを割られたりしたあと、物語の中に、唐突に芝居の舞台が登場するのである。 グリム時代のドイツ語訳でも次のようになっている。
Die Alte, welche sich so derbe Dinge sagen hörte, wurde darüber so zornig, das sie alle Zügel der Geduld verlor, aus dem Stalle der Langmuth herausstürzte und sich den Vorhang vor der Hinterbühne aufhebend, die Waldscenerie den Blicken der Zuschauer Preis gab, so das Silvio wohl hätte ausrufen können: "Gehet bin und blaset wach die Schäfer," und auch Zoza, als sie dieses Schauspiels ansichtig ward, wurde von solcher Lachlust ergriffen, das sie darüber beinahe in Ohnmacht fiel.
ここでも「舞台裏の前にある幕(Vorhang)を上げて、森の場面 (Waldscenerie)をさらした」となっている。 バジーレのナポリ方言による以下の原文も、同様である。
La vecchia, che se sentette la nova de la casa soia, venne 'n tanta zirria che, perdenno la vusciola de la fremma e scapolanno da la stalla de la pacienza, auzato la tela de l'apparato fece vedere la scena voscareccia, dove potea dire Sirvio 《Ite svegliano gli occhi col corno》. Lo quale spettacolo visto da Zoza le venne tale riso c'appe ad ashevolire.

ここでも、「舞台装置の幕(la tela de l'apparato)を上げて森の場面 (la scena voscareccia) を見せる」との表現になっている。 この個所の解釈については、原語版でもドイツ語訳でも特に説明はないが、日本語訳には、次のような注が付されている。

おもしろいのは、油の噴水の老婆がスカートをまくって怒ったように、怒って相手を侮辱する時、アッサムやベンガルでは裸になるという。 裸の人が発揮する魔力は多くの国の伝承に見られるようだ。

この舞台の幕を上げるというのは、自分のスカートがめくれることの婉曲的な表現と考えてよいのであろうか。このような解釈が伝統的に可能であるとすると、「足を上にして、ぶざまに転ぶ」とするゴッツィやプロコフィエフとの共通点も見出せるであろう。 いずれにせよ、こうした解釈の可能性については、今後さらに根拠を明らかにしていきたいところである。

ところで、『イタリア文学史』(13)などで、ゴッツィの寓話劇について、「バジーレの『ペンタメローネ』中のお話『三つのオレンジの恋』を取り上げて劇化した」といった記載がなされているように、この作品とバジーレとの関係は、ほぼ公然の事実のように考えられてもいる。 しかし、最近の研究では、ゴッツィの劇作に着想を与えた「三つのシトロン」の物語が、『ペンタメローネ』の中のものかどうかは、必ずしも断言はできないようである。 「三つのシトロン」には様々のバージョンが存在し、イタリアでも「三つのザクロ」のような物語があり(14)、スペイン、ポルトガルなど他のヨーロッパの国にも流布している。 従って、ゴッツィは少年時代に耳にしたヴェネツィアでの口承から着想を得たのかもしれないという(15)。 また、口承版の物語の方が、ゴッツィとの共通点が多いことを指摘する近年のイタリアでの研究も存在するようである(16)

そもそも、アールネ/トンプソン番号では408番に「三つのオレンジ」が取り上げられているが、それを見ても、物語に多様性がかなりあることがわかる。 また、いくつかの個々のモチーフは、グリム童話の中にも見られる。笑わない王女の話は「黄金のがちょう」(Die goldene Gans: KHM 64)、偽の花嫁の話は「がちょう番の女」(Die Gänsemagd: KHM 89)などといった具合である。こうしたメルヒェンのモチーフに包括的な考察を加えることも、今後の課題である。


(1)   Rueter, G. "Nachwort"  In : Gozzi, C. Turandot. Stuttgart. 1965, S.91.

(2)   イタリア語タイトルは Ringger, K. Carlo Gozzis 'Fiabe teatrali'. に、英語タイ トルと発表年は Emery, T. Carlo Gozzi in Context. による。

(3)   この作品の内容は「三つのオレンジの恋」の後日談のようである。

(4)  『オックスフォード オペラ大事典』(平凡社)によれば、これらの有名なもの以外 にも、数多くオペラ化されている。

「カラス」   A.J.ロンベルク(1794)、 J.P.E.ハルトマン(1832)
「蛇女」    ヒンメル(1806)、 カゼッラ(1932)
「トゥーランドット」    ブルーメンレーダー(1810)、 ライスジーガー(1835)、ホーヴェン(1839)、 レーヴェンスキオルド(1854)、 パッツィーニ(1867)、 エーカーベルク(1906)、 ザーベル(1928)
「幸運な乞食たち」    ベンダ(1780)、 ツムシュテーク(1780)、 ダントワーヌ(1782)

(5)   Emery, T. Carlo Gozzi in Context. S.7.

(6)   Picon-Vallin, B. Meyerhold, Prokofiev et L'Amour des trois oranges. S.22.   ホフマンも、ゴッツィから多大の影響を受け、「ブラムビュラ王女」など、コメディア・デ・ラルテ風の小説も書いている。 メイエルホリドがホフマンに因んだ名前を使用したことも興味深い。

(7)  「失われた鏡像の物語」(Die Geschichte vom verlorenen Spiegelbilde)は「カロ風幻 想作品集」の「[ 大晦日の夜の椿事」の中の4番目の物語である。『ホフマン全集』 第2巻 深田甫訳、創土社、1979年。

(8)   クレオンタは、ギリシア悲劇の「アンディゴネ」に登場するクレオンから名前を借りているという。 アンティゴネは、クレオンの命に背いて兄の屍を埋葬したため、クレオンにより死刑に処される。 Brèque, J-M. La fiaba de Carlo Gozzi: génie parodique, théâtralité et merveilleux. S.15.

(9)   Ringger, K. Carlo Gozzis 'Fiabe teatrali' - Wirklichkeit und Romantischer Mythos. S.18.

(10)   DiGaetani, J.L. Introduction to the Life and Works of Carlo Gozzi. S.6f.

(11)   これはナポリ方言による原題で、イタリア語では、"I tre cedri"。

(12)   シルヴィオの台詞は、原文の注によれば、グァリーニ (G.B. Guarini: 1538〜1612) の牧歌劇「忠実な牧童(Pastor fido)」(1590)の中のものであるという。

(13)   岩倉具忠他 『イタリア文学史』 218頁。

(14)   「三つの石榴の愛」と題された民話が、次の文献に収録されている。  カルヴィーノ、I. 『イタリア民話集』(下) 河野英昭編訳、岩波書店、1985年。

(15)   Brèque, J-M. La fiaba de Carlo Gozzi: génie parodique, théâtralité et merveilleux. S.13.

(16)   Gozzi, C. Five Tales for the Theatre. Edited and translated by Bermel / Emery. の70頁の注。


参考文献

A.  テキスト

Basile, G.   Lo cunto de li cunti. Testo restaurato della prima edizione napoletana del 1634-1636. Traduzione italiana e note di Michele Rak.  Milano: Garzanti. 1986.

Basile, G.   Der Pentamerone oder Das Märchen aller Märchen. Übertragen von F.Liebrecht.   Hildesheim: Olms. 1973(18461)

バジーレ、 G.  『ペンタメローネ(五日物語)』杉山洋子・三宅忠明訳、 大修館書店、 1995年。

Gozzi, C.   The Love of Three Oranges, Turandot and The Snake Lady. Translated by J. L. DiGaetani.  Westport: Greenwood Press. 1988.

Prokofiev, S/Janacopulos, V.   L'Amour des trois oranges.   In: "L'Amour des trois oranges". Paris: L'Avant-Scène Opéra. 1990. 33-70.

B.  研究文献

Aarne, A./Thompson, S.   The Types of the Folktale. A Classification and Bibliography.   Helsinki: Academia Scientiarum Fennica. 1961/19874.

Brèque, J-M.   La fiaba de Carlo Gozzi: génie parodique, théâtralité et merveilleux.  In: "L'Amour des trois oranges". Paris: L'Avant-Scène Opéra. 1990. 9-19.

DiGaetani, J.L.   Introduction to the Life and Works of Carlo Gozzi.   In: Gozzi, C. The Love of Three Oranges, Turandot and The Snake Lady.   Westport: Greenwood Press. 1988.

Emery, T.   Carlo Gozzi in Context.   In: Gozzi, C. Five Tales for the Theatre. Edited and translated by Bermel, A./ Emery, T. Chicago: The University of Chicago Press. 1989.

岩倉具忠他  『イタリア文学史』  東京大学出版会、1985年。

リューティ, M.  『昔話の解釈』(Lüthi: So leben sie noch heute. Betrachtungen zum Volksmärchen, Göttingen, 1969) 野村ひろし訳、 ちくま学芸文庫、1997年。

Picon-Vallin, B.   Meyerhold, Prokofiev et L'Amour des trois oranges.   In: "L'Amour des trois oranges". Paris: L'Avant-Scène Opéra. 1990. 20-29.

Ringger, K.   Carlo Gozzis 'Fiabe teatrali' - Wirklichkeit und Romantischer Mythos.   Germanisch-Romanische Monatsschrift. 18(1969). 14-20.


Gozzi   Home