4/24 日に、購入した車の引渡しを受けて1週間がたった。車の運転にも慣れて来て 愛着も湧いて来たところだ。すでに、250マイルほど走り回ってウキウキ・ルンルン。 ...といっても、浮かれていられないのは、車関係をめぐる諸手続。つまり自動車保険 の契約・名義変更手続・自動車免許の取得などである。
自動車保険は、乗るなら掛けておかねばならない。というわけで、引渡し日から運転 できるように、売買契約が済んだ時点で車台番号を控えておき、保険会社に見積りを依 頼しておいた。結果が出て即契約する旨を伝え、ちょうど 4/24 から保険が成立。保 険料は半年で579ドル也。ちなみに、この金額は、日本の保険会社の海外赴任者総合保 険でカバーされない免責部分 (対人賠償10万ドルほか) だけをカバーさせるための保 険なので、他の方々には参考にならないかも。(普通に必要な保険を掛けると2000ドル 〜3000ドル程することもあるという。)
車の売買に伴なう名義変更は、ちょっと面倒だった。カリフォルニア州法によれば、
売買の日から、売り手は5日以内に、買い手は10日以内にカリフォルニア州車両管理局
(DMV: State of California, Department of Motor Vehicles)
へ届出をしなければならない。売り手の手続きはともかく、買い手である私は、10日以
内に届出をすれば良いわけだが、なんと、この手続きのために、カリフォルニア州の運
転免許証番号が必要だという。
というわけで、急拠、カリフォルニアの運転免許(番号)が必要になった。つまり、運
転免許をとりに行かねばならぬ。そもそも、州法によれば、国際運転免許証が有効なの
は、入国後3ヵ月以内で、国際運転免許証の有効期限が残っていても運転は出来ないと
されている。私のような3ヵ月を越える「居住者」に該当する人は、どちらにしろ、カ
リフォルニア州運転免許を取得しなければならないのだが、これほど早くそれが必要に
なるとは思わなかった。4/29, 30日の週末は、ほとんど一夜漬けの学科の勉強。今日
5/1 に DMV へ赴いて、免許の申請と名義変更を行なった。
学科試験は、日本語で受験することが出来る。原文の英語試験問題を翻訳した4者択 一式問題なのだが、翻訳が悪くて正解が分からないことがある (と昔から揶揄されてい る)。ちょっとだけ、英語にしてみようかという迷いもあったが日本語にしておいた。う わさ通り、翻訳の間違いがあって、正解が無いと思われる択一問題が、全48題中2〜3 題あったが、原文を想像して回答。結局、1問の間違いで学科をパス。仮免許をもらっ た*。あとは、明後日 (5/3) の実技試験に受かれば、カリフォルニア州の正式の運転免 許を取得できる。
試験を受ける時点で、「運転免許番号」は交付される。今回の車の売り手は、本当に しっかりとした人で、必要な書類をパーフェクトに揃えておいてくれたこともあって、 「運転免許番号」の取得が終った後の名義変更手続き自体は、ほんの数分で完了した。 この名義変更手続きのときに、税を請求される。事前の情報もなかったし、窓口の人に 聞いても、コンピュータに表示された結果のプリントアウトを見せてくれるだけで要領 を得ず、何税なのかわからなかったが、とにかく551ドルとられた。後で、何の税なの か調べておかねばならぬ。
5/1 にも書いたように、今日は、カリフォルニア州運転免許を取得するための最終試 験=実技試験に望んだ。100点満点から、減点方式で点が引かれ、70点以上で合格とい うテスト。結果は、87点で合格であった。
事前に多少の情報を得てはいたものの、実際にどのような試験となるのか、全くイメ
ージが湧かなかった。予約時間の10分程前に、窓口で受付をする。実技テストは、なん
と自分の車で受けさせられるのだが、ちゃんと自動車保険を掛けていないと受験させて
くれないので、保険証を持参しなければならない。それ以外には、先日の仮免許証と実
技試験の予約票を提出すれば良い。
指定された待機場所に、自分の車を移動させて試験官を待つ。最初は、車の機能チェ
ック。ウィンカー・ブレーキランプ・ハザードランプ・クラクション(ホーン)・サイド
ブレーキが正しく動作するかどうかチェックする。これらが動かなければテストは受け
られない。...のだが、何故か、ウィンカーやブレーキランプが壊れたときのための手
信号 (日本の「学科」で習う方法と同じ) ができるかどうかもテストされる(!)。
これら条件が満たされれば、いざ路上へ。左側通行・右側通行の違いは、もう、ほと
んど問題なく慣れていた。あとは、"4 Way Stop," "3 Point Turn," "赤信号時の
右折," "坂道での縁石駐車," など、日本には無いルールを間違えなければ問題なし。
だいたいの事は、学科試験の際に学んだことを、事前に練習していたので、うまくこな
すことが出来た。
念願のカリフォルニア州運転免許を獲得。(ただし、プラスチック製の本免許証は、 後日郵送されることになっている。今は紙っぺら。)
なお、運転免許取得までの費用 12ドル。(別に桁は間違えていない。)
今日は、所属するセンターの Spring Semester 最後の研究会が行なわれた。発表
者は、静岡大学・経済史の山本義彦先生。Title は、"The life of KIYOSAWA
Kiyoshi and its Lessons for Our Times --- A Liberal Critic of
Japanese militarism during the Second World War ---." Visiting
Scholar として2ヶ月の短期在外研究をこなされた先生の総まとめの発表である。
20世紀前半の激動の時期を、日米をまたにかけて生き抜いた、清沢きよしという日本
人リベラル系ジャーナリスト(1890-1945)の政治経済思想を現代的に再評価するとい
う研究発表だった。清沢きよしという人物については、現在のところ、そもそもその社
会思想的系譜自体があまり明らかになっておらず、学界においても積極的な評価も与え
られていない、ということである。山本先生の在外研究の目的は、清沢きよしのアメリ
カでの足跡を辿りながら、社会経済史的含意を汲み取ろうとするものであった。
清沢は、多元主義的な価値観を持つ人物で、一元的な解釈に基づく社会(日独伊ファ
シズム、およびソビエト社会主義)を否定していた。とくに、日本の戦前・戦中期にわ
たる、国家の手によって行なわれた「思想を裁く」行為に対して反対した。また、1929
年世界大恐慌以降の経済社会の再生について、市場原理のみでは独占的大企業を助ける
だけとして、市場万能主義に対して否定的な見解を示していた。この時期に、そうした
思想を展開した日本人・清沢という人物の存在は注目に値する。世界的には、社会主義
国家が誕生し、資本主義国においては、ケインズ主義的経済政策の台頭するなど、純粋
市場経済の限界や矛盾が徐々に指摘されたときと時期を同一にする。
現代(1980年代以降)の流行としていえば、市場メカニズムの効用を賛美し、それが
万能なメカニズムであるかのように喧伝されているのが実情である。しかし、私自身は、
そうした流行には同意できない。つまり、社会には「市場メカニズム」からはじき出さ
れる部分が必ず存在し、そしてそれは、最後まで「市場メカニズム」によって救済され
はしないからである。
現在の経済学の主流は、市場万能主義的な理論に重心が置かれつつある。しかし、他
方では、20世紀前半の様々な社会・経済・政治思想家が、あえて市場万能主義を否定し
たことの含意について再評価がなされつつあることも、また事実である。今日の研究会
は、市場主義に疑問を抱く、私自身の学究生活の一助になるような研究会であった、と
思う。
約1ヵ月に及んだサンフランシスコでのテンポラリの生活を脱出して、5/7 ようやく、 UC Berkeley 近くの借家に引っ越した。賃貸契約は、5/1 から始まっていたし、鍵も もらってあったので自由に出入りは出来たのだが、生活に必要な家具をそろえることが できず、予定より1週間程遅れての新居での生活開始となった。
引っ越しは、引っ越し用の車を専門的に貸し出している U-Haul という会社からバ ンを借りて行なうことにした。レンタルの基本料金は24時間で約20ドル、これに実走行 マイル料金が加算される。近距離の引っ越しなら50ドル程度で済むという。
家具は、ほとんどムービング・セールで購入した。まず、生活になくてはならいのは ベッド。これがないと寝ることが出来ない。さる御方 (女性) から、高級ベッドを60 ドルで譲ってもらう約束をいただき、これの輸送の日を引っ越し日として調整した。実 は U-Haul の料金、支店の場所、電話番号などの情報を、この方に頂いたのだが、そ れのみならず、バンの運転を、この御方の彼氏殿 (23) がやってくれることになった。 右側通行で慣れない大型バンを運転するのには相当の不安があったのだが、何度もこの バンの運転経験がある彼氏殿が心配してくれて、運転をしてくれるというのである。恐 縮しながらも、その言葉に甘えてしまった。しかも、道中、ムービングセールで購入の 約束をしたダイニング・テーブル、ソファー・ベッドなど各種の重たーい家具の積み降 ろしをバリバリこなしていただいた。私は、翌日、かなりの筋肉痛になったが、彼氏殿 は大丈夫だっただろうか。もはや足を向けて寝られない。そして、家具類を安価に譲っ て頂いた方々、および、荷物の搬入を手伝ってくださった、同じ研究所に所属する (い つも用意周到な) 某日本人 Visiting Scholar 夫妻にも感謝せねばならぬ。
昨日 5/8 は、基本的な生活をスタートさせるのに必要な小物家具を買いだしに行っ た。未だ落ち着かない部分があるものの、何とか普通の生活を始められる程度に準備を 整えることができた。
今日 5/9 は、UC Berkeley に行き、さまざまな用事をこなすついでに、コンピュ ータをインターネットに接続させるためのソフトウェアをもらいにいってきた。サン フランシスコでは、NIFTY Serve のローミングサービスを利用してきたが、今夕から は市内電話 (Local Call) で UC Berkeley と接続できるようになり、 (通信速度 は遅いながらも) インターネット環境を復活させることができた。
慣れない生活の中で、ちょっと、疲れとイライラが溜ってきているように感じる。
4/10 に渡米してきて丸1ヵ月。カタツムリの様にゆっくりとはしているが、着実に生
活環境は整いつつある。しかし、どこか閉塞感はぬぐえない。昨年の香川での新生活の
始まりもそうだったのだから、アメリカではなおのことだ。いつのまにか Spring
Semester は終り、完全には落ち着かない状態のまま、そろそろ Summer Sessions
が開かれる時期に入る。先人たちの忠告通り、あえて「無理をしないように」と意識し
ておかないと、心と体に疲れが溜っていってしまう。
いずれにしろ、後戻りは出来ぬ。今日は、航空チケットの復路の予約 (片道航空券
よりも "35日 FIX" という往復航空券の方が安価なのだ) をキャンセルする電話を入
れた。
高松での1年間の生活のうちに、せっかく「讃岐うどん」の打ち方を覚えたので、忘
れまいという意味を込めて、アメリカでもうどんを打ってやろうと、渡米前から企んで
いた。
道具はごく簡単に揃う。(1)粉をこねるためのたらい (プラスチック製で良い)、
(2)麺を伸ばすための棒 (塩化ビニールの水道管で良い)。(3) ビニール袋 (どんなも
のでも良い)。これらさえあれば、道具としては完璧だ。
材料は、小麦粉と塩水。塩水も問題なく用意できる。問題は、讃岐うどん用の小麦粉
である。強いコシのある讃岐うどんを打つためには、薄力粉でも強力粉でもなく、「中
力粉」を使う。これを入手できるかどうかが、アメリカで讃岐うどんを打てるかどうか
にかかってくる。
讃岐うどん用の小麦粉は、香川で生産されたものが使われているのももちろんだが、
オーストラリア産の小麦粉が使われているなどという話も聞く (ただし、噂レベル)。
いずれにしろ、輸入小麦粉抜きには、「めっちゃ安い」讃岐うどんの存在は語れないぐ
らいではあるので、国際取り引きされる小麦粉である限り、アメリカでも手に入らない
わけはないであろう、と考えていた。
渡米以来、アメリカの食料品店を訪れるたびに、中力粉がないかどうか「小麦粉コー
ナーをチェックしてきた。しかし、アメリカ食料品店には、パン用の強力粉か、汎用の
薄力粉らしきものしか見当たらない。(もっとも、このあたりの事情は、東京周辺でも
同じ。)
なかなか出会えない中力粉。パスタ用のセモリナ粉なんかは合わないだろうか、など とも考えていたが、先日、中国食料品店を訪れてみると、台湾産の「中筋麺粉 (Wheat Flour - Middle)」なる小麦粉を発見した! 「高筋麺粉」「低筋麺粉」の間におい てあるし、これが「中力粉」に違いない、と喜び勇んで購入した。
今日、5ドルのプラスチックのたらいと、1ドルの塩ビ水道管を買ってきて、うどん を打ってみた。出来は、塩分の調整が悪かったのか、それとも小麦粉がうどん向きでは なかったのか、香川で作ったとき程にはおいしくはなかったが、それでも、まぁまぁの 出来であった。
生活がかなり落ち着いてきた。ケーブルテレビの工事が終わり、ようやくテレビを 見ることができるようになったし、先週末の買い出しで、生活用品や家具のほとんど をそろえることができた。サンフランシスコの仮宅の生活費用の清算も終えることが できた。ようやく、今週から本格始動といったところである。
ところで、5/11 に讃岐うどんについて書いたところ、早速いろいろなコメントを
頂いた。気温や湿度によってはマニュアル通りにいかないこともありそう、とか、中
力粉がないときは、強力粉と薄力粉を半々に混ぜて使っても良いらしい、という情報
など。とくに後者の情報には魅力がある。強力粉と薄力粉の混合で良いのなら、それ
こそ世界中どこでも、うどんが打てそうだ。近日中に試してみようと思う。
その讃岐うどんだが、実は、今日、再挑戦してみた。前回は、料理用の秤がなく、
ほとんど勘で、塩の量を決めた。それがいけなかったらしい。
先週末、サンフランシスコへ行った際に、Japan Town の調理器具店で、調理用の 秤を調達した。余談だが、なぜか、一般的なアメリカのお店では、調理器具のコーナ ーに秤がない。カップやタイマー、温度計などは、それ以上選択肢があってもしょう がないと思われるほど品揃いが豊富なのに、秤だけが調達できなかったのである。こ ちらのレシピでは、重さの単位が使われないのかもしれない。(ただの推測。本当の ところがどうなのかは次報を待て。)
とにかく今回は、かなり厳密に塩水の濃度と量を計測してつくった。また、前回、 他の調理をしながら、かなり室温と湿度の高い環境下で、うどんを打ったことが悪影 響を与えたかもしれないと考えて、今回は、風通しと室温にも、気を遣いながら打っ てみた。
讃岐うどんでは、400g の中力粉に対し、180ccの水+20gの塩で作った塩水を混ぜ
る。秤で計量してみれば、前回の塩水は、相当に薄いものであったことがわかった。
慣れないうちに記憶だけに頼るといい加減になるものだ。
小麦粉は、前回と同じ、中国食材店で見つけた台湾産の「中筋麺粉」を使った。
出だしの小麦粉と塩水の調合から調子が良い。出来上がってみると、見たことのある
讃岐うどんらしきそれが出来上がった。あまりにも出来が良さそうに見えたので、調
子にのって天ぷらも揚げることにした。米なす、人参と玉ねぎのかき揚げ、ゆで卵*
の天ぷらを作った。
うどんをゆでてみれば、こしの強い讃岐うどんが出来上がった。天ぷらもうまく揚
がった。高松では、毎日うどんを食べていたから、本当に1ヶ月ぶりの「讃岐うどん」
に懐かしさこの上なかった。(気持ちとしては、差し詰め「さか枝」のうどんに「竹
清」の天ぷらの気分。...高松の人以外には意味不明?!)
これからは、ゲストにも讃岐うどんをご馳走することができそうだ。
あまり、私生活の事ばかりを書きすぎると、いろいろな方面からお叱りを受けそう である。次回は、研究生活に関係する話にしたい。「外国語としての英語(English as a Second Language)」の学習に関する話題でも書いてみようか。 今週は、Spring Semester と Summer Sessions の狭間にあたる期間で、大学の講 義の類いはすべてお休み。こちらの教授との面接をアレンジした。今週は、自分自身 の Research & Study のために費やす予定。5/22(月)から Summer Sessions がス タートする。
調子にのって次回の予告などをすると、予定通りに物事が進まなかったときに、ち
ょっと困る。5/16 の末尾に「外国語としての英語(English as a Second Language)
の学習に関する話題」を書くという余計な予告をしたせいで、次を書きにくくなって
しまった。
アメリカ(全土かどうかは知らない。少なくともサンフランシスコ)には、Adult
School という学校があり、大人向けのいろいろな教室が開かれている。その中に、
English as a Second Language という講座がある。英語に慣れない移民や中長期滞
在者が、生活に必要な英語を身につけられるよう開かれている講座で、『無料』で受
講することができる。さすが移民の国アメリカといった感がある。学校はいろいろな
場所にあるが、毎日この講座が開かれているところもある。仕事や留学で滞在する人
に同行する配偶者が通う学校としても非常に良い。
ところで何を書こうとしたかというと、5/16 時点では、直ぐにでも、この Adult
School に通い始めることを想定していたので、次には、その様子をお知らせしよう
と思ったのである。ところが、物事は予定通りには進まないもので、結局、受講登録
の仕方を聞きに行ったきり、別の用事でバタバタしてしまい、行くことができなくな
ってしまった。というわけで、このレポートは、しばらく先まで棚上げとする。
5/22 からは、Summer Session が始まった。私は、ある講義を聴講している。学部 生向けの授業だが、英語とアメリカ式の授業の雰囲気になれるためには、丁度良い。 6週間の間、週3回のペースで開かれるのだが、この間に、本を5冊も読まされる。日 本の学部生向けの講義と比較すると考えられない早いスピードである。なお、この課 題の量は、この講義だけが珍しいわけではないようだ。
昨日、聴講している Summer Session の授業で、数多くのテキストを読まされると いう話を書いたが、そのうちの1冊が入手困難なので、必要部分だけコピーで済せる という話になった。教授が、数部のマスターコピーを作ってきて、数人に渡し、「あ とは各自でコピーするように」とのお達しを出した。「ついでにお互いに友だちにな るように」とのコメント付(笑)。マスターコピーを受け取った最も近い席に座って いた学生が、純粋な日本名を持っている人だったので、私は思わず日本語で声をかけ てしまった。ところがところが、テキサス生まれの Japanese American で、「日本 語はちょっとだけ知ってます」の返事。話しかけた私は気恥かしくなってしまった。 それだけのことだが、ちょっとした失敗談。結局、周りの数人と話し、彼が人数分の コピーを取って、次回の講義で手渡してくれるという事にまとまった。
今日の本題は、また本業から離れるが、讃岐うどん再チャレンジの話。5/16 の、
「中力粉がないときは、強力粉と薄力粉を半々に混ぜて使っても良いらしい」という
情報に頼って、どこの食料品店でも入手できる All Purpose として売られている薄力
粉と、Bread 用として売られている強力粉を 5:5 で混合してうどんを打ってみた。結
果は上々。とても美味しいうどんができた。
慣れてくると短時間で簡単にうどんが打てるようになるので、最近は、数日に一度、
前述した台湾産の「中筋麺粉」で、ときどきうどんを打って食べていた。「中筋麺粉」
は、本場讃岐うどんに違わぬほどの味を出してくれるのだが、打った後のうどんがく
っつきやすいというのが欠点。香川で入手できるうどん粉との最大の違いがこの点で
ある。打ち粉を多めにして、ちゃんとほぐしておかないと、茹でた後に「すいとん」
になっていることがある。
今回の、一般的な All Purpose と Bread 用の小麦粉の配合では、綺麗に麺が分離
した。あまり気を遣わずとも、ちゃんとした麺の形を保っている。考えようによって
は、中力粉に近い(と思われる)「中筋麺粉」を使うより、単純に、薄力粉と強力粉
の混合の方が良いかもしれない。
何度か打たないと、気温・湿度の変化に強いかどうかとか、塩水の加減に影響を受
けやすいかどうかとか、出来映えが違ったときに味まで極端に変わってしまうような
ことがないかどうか etc. ... まではわからない。...ので、実際のところは後日の
レポートを待て。
といいつつ、まだ、うどんがらみの話が続くが、以前、ベッドを譲って頂いた方か ら、キッチン・ワゴンも安価に譲って頂くことになった。昨日、急に話がまとまって 売り手の女性と彼氏殿の二人が、わが家まで来てくださるという.う.え.に.、晩ごは んを食べていない、というので、急遽うどんを打ってご馳走してしまった。ほとんど 押し付けのようだったが、いかがだったかしら...。
5/1 に書いた、車の名義変更の際に徴収された税は、このお二人の話によれば、
譲渡にかかわる税とのこと(まだ、自分ではちゃんと調べていなかった)。譲渡価格
に応じて税率が掛けられ税額が算出される。
なお、その他の、アメリカでの車のメンテナンスに関する情報は、近日中にまとめ
て提供する予定(あえて次回とは言わない)。
アメリカでは、安価に、インターネット常時接続サービスが利用できるという話は、
わりと有名になっていると思う。渡米前から、電話会社が提供している DSL (ADSL)
というサービスが良いとの噂を聞いていたので、早々にこれを申し込む予定でいた。
回線速度が最高 1.5Mbps の Basic DSL というサービスが $39.95/月。日本の基準で
考えると、ちょっと信じられない価格である。
電話回線の申し込みとほぼ同時に、DSL の申し込みもした。ただ、現在、非常に人
気の高いサービスで、工事がほぼ1ヶ月待ち。5/25 にようやく工事をしてもらった。
申し込みにあたって心配となったのは、私が主として使っている Linux が、ちゃんと
接続できるかどうかという事。接続が可能かどうかについて、申し込み時の電話会社
のオペレータの回答は YES。ところが工事が終わって、Linux をつないでみても、ち
ゃんと接続されない。疑問に思い、もう一度、申し込み窓口に電話してみるが、今度
は、「NO」の返事。それは変だ、というと、実は正確にはわからないので、DSL サポ
ート・センターに電話してくれ、と言う。そこで DSL サポート・センターに電話し
てみるが、こちらは、何回かけても、何十分待っても、回線混雑でオペレータとつな
がらない。そうこうしているうちに、営業時間の終了が近づいてきたので、受け付け
窓口にもう一度電話して、「Basic DSL のサービスで Linux マシンが接続できるのか
どうか否かだけ調べて欲しい。」と依頼して、その日は終了。とりあえず、Windows
マシンだけは接続できているので WWW 上で情報収集にあたった。調べてみると、接続
は可能だが、電話会社の方は正規にサポートしておらず、サードパーティが開発して
いる特殊なプログラムを別途入手してインストールすることが必要であることがわか
った。結局、現在接続できている Windows で、無料の接続プログラムを入手して、
Linux へコピーし、インストール&設定作業を行なった。我がメインの Linux でも接
続が完了。渡米以来念願の、時間無制限・高速のインターネット環境がようやく実現し
た。
翌日、電話会社から正式回答の電話。「Basic DSL で、Linux マシンを接続できる
という事は間違いないそうです。しかし、当社の専門スタッフも、現在 Linux につい
てのトレーニングを受けておらず、接続方法については残念ながらわかりません。」
との事。たいへん申し訳ない、といった感じの電話だったし、既に何とか接続できて
いたので、まぁ、許そう。
アメリカといえば車社会。今さら言うまでもないことだが、これがないとアメリカ
生活が成り立たぬ。もちろん、アメリカでも、大都市のど真ん中(NY マンハッタン
とか)で暮らすなら、公共交通機関の方が便利であるし、車など持たない方がよいと
いわれる場所もある。しかし、Berkeley 周辺では、やはり車がないと身動きがとれ
ぬ。
信州(大学)を去って以来、実に、6年ぶりに車のオーナーとなった。京都(出版
社勤務時)、東京(大学院在学時)、高松(もちろん香川大学勤務)でも、車を所有
することはなかったから、相当久しぶりである。
不安になったのは、車の日常的なメインテナンス。以前、車を所有していたときは、
自分なりに必要な面倒を見ていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。確か、オイ
ル交換が 3000Km(ターボ車)〜5000Km(普通車)、オイル交換3回に1度はオイル・
エレメント(Oil Filter)の交換、オイル・エレメント交換の2回だか3回に一度は
エアー・フィルターの交換。あとは、タイヤの溝をチェックして、適度にローテーシ
ョンや交換をしていれば良かったように記憶している。以前は、マニュアル車ばかり
だったが、オートマティック車の場合は、トルコン・オイル(Transmission Fluid)
の交換も必要だったか。あとは、「車検」の時に、ついでに悪いところをチェックし
てもらえば良い。...ととと、そういえば、アメリカには車検などない。もちろん、法
定点検整備など言うに及ばず...。
アメリカでは、どのように車のメインテナンスをしていけばいいのだろう。車のオ
ーナになってみて急に不安になった。車の譲渡を受けたときの総走行距離は、6万9千
×百マイル。次回のオイル交換を示すラベルが 70500 とあったので、先日、このメー
タに達した時点で、自動車屋にもちこんで相談してみた。
アメリカでは、だいたい15000マイル毎(概ね年に1度になる)に、点検・整備に出 すらしい。ちなみに、オイル交換は、3000マイル(約5000Km)に一度(日本と同 じ)。しかし、オイル・フィルターは、日本と違って、高速道路で高回転でエン ジンを回すことが多いため、毎回オイル交換と同時に変えてしまうそうである。 後は、15000マイル毎の点検の際に、一通りの消耗品の交換を行なえば良い。
私の車の場合は、前のオーナーが 60000 マイルで点検整備に出したとの事なので、 次は、75000 マイルといったところだ。しかし、「滞在期間が短いことを考えれば、 75000 マイルの点検を、今、前倒ししてやってしまった方がいいのではないか。」との 提案を受けた。確かに、その方が安心して乗れる。ということで、総合的な点検をやっ てもらうことにした。費用は、通常のプログラムで必要な部品をすべて交換して上限 500ドル。もちろん、交換不要の部品があれば、これより安くなる。逆に、これに含ま れない修理が必要な場合は、別途修理代が必要になるという。その場合は、電話で連絡 ・確認をするとの話だった。早速、点検の予約を入れた。
点検の日の朝は、朝一番で車を持ち込み、昼間の職場の連絡先と自宅の連絡先を教 えて、夕方の引き取りを待つのみ...。と思ったら、車を預けてすぐに、出勤前の自宅 に電話があった。前輪ドライブ・シャフト右内側のゴム製カバー(Front right drive accelerator cover boots)が劣化してやぶけ、既にグリースが漏れ出していているの で交換が必要だという。しかも、右外側・左内側・左外側も劣化が激しいので、今の うちに交換をお勧めするという。部品(140ドル)、工賃(240ドル)、プラス税で、 締めて約400ドル。ちょっと痛い出費だが致し方あるまい。
点検・修理を終えて、夕方に車を引き取る。運転してみて驚いた。加速・減速(ブ レーキ)の調子が良い。後になって気付いたのは、ガソリンがなかなかなくならない (燃費が良くなったようだ)。ドライブ・シャフトのカバーは、直接動力を伝える部 分にあたるので、完全にグリースが抜けてしまうと、全く動かなくなってしまう性質 のものらしい。ここを修理したせいで、燃費が良くなったのかもしれない。 メインテナンスも済んだし、「メインテナンスの仕方」も勉強したし、当分は安心 して車を運転できそうである。