高松生活考 〜はじめに〜


 このページの筆者である岡田徹太郎は、いわゆる『千葉都民』である。 この言葉になじみの薄い人も多いかも知れないが、東京周辺では、確固たる位置づけを与えられた存在である。 千葉都民についてのくわしい説明は以下に譲るが、とりあえずは、私が、東の文化圏の人であることを念頭において頂きたい。
 このページは、その東の人間である私が見た『高松』の姿について記述している。 私は、その昔、信州大学へ通っていたこともあるので、東京,千葉での生活に加え、信州での生活との比較を交えながら、高松生活について書いていこうと思う。

★『千葉都民』とは?

 私は、千葉県の出身だが、どちらかというと、いわゆる「千葉都民」と言われる人びとに属する。 地域によっては聞きなれない言葉かも知れないが、簡単に言うと「千葉県内に住みながらも、通学先や勤務先は東京都内にあり、県民意識は薄く、むしろ都民意識が強い人びと」をこう呼ぶ。
 私は中学・高校の6年間、県境を越えて都内の学校に通ったし、父親も勤務先が都内だったので、言ってみれば典型的な千葉都民家族だったのである。
 千葉都民は、10月1日の都民の日には休みになるが、6月15日の千葉県民の日には休みにならない。 私の住んでいた地域では、デパートなどは県民の日よりも都民の日の方が混雑すると言われるほど、多くの人びとが「千葉都民」だった。
 千葉都民(同じように埼玉都民と言われる人びとも存在する)は、都市が大きくなり過ぎたために生まれてきた人びとである。 経済が過度に集中したため、弾き出されるように、生活の中心を東京の外に置かざるを得なくなったのである。
 大きくなり過ぎた東京周辺部では、時として非人間的な生活を強制されてしまう場合がある。 通勤電車がその最たるもので、皆、長い時間、身動きがとれないほど満員の電車に揺られながら、通勤・通学するのである。 また、水は、そのままでは口にできないほど、まずいものである。
 私は、こうした大都市での生活が好きではない。

★なぜ、こんなページを用意しているのか?

 私は、1999年4月1日に香川大学へ赴任したが、香川へ来ることになって何よりも喜んだのは、ちゃんと人間的な生活ができるであろう、と思ったことであった。 満員電車に乗ることはないし、物価は安い。 水はイマイチだけど、うどんはやっぱりおいしい。

 地方都市での生活は2度目である。 信州大学へ通っていた間、長野県松本市で生活していた。 松本での生活は、それは良いものであった。ただ1点を除いては...。

 松本での生活は快適であったが、唯一、今でも残念に思い続けていることがある。 それは、マスコミレベルでは「大成功だった」と評価される長野オリンピックのことである。あんなイベントはやらない方が良かった、と今でも思っている。
 長野県という場所において、ジャンプ台やボブスレー・リュージュのコースといった巨大な競技施設がどれほど必要だったのか。 貴重な自然を破壊してまで、巨額の建設資金を投じてまで作るべきものだったのだろうか。
 長野県の良いところはどこだろう、と問うならば、その答えは自ずと引き出されるはずである。 長野県を訪れる人びとの大半は、豊かな自然を求めてくるのではないのか。 都会の雑踏に疲れたから、心身を休めるために来るのではないのか。 綺麗な山や川や緑があるから、長野県を訪れるのではないのか。 巨大な建物は、都会に行けばいくらでもある。そりゃ、ジャンプ台やボブスレー・リュージュのコースはないだろうが、そんなものは大半の人々にとって無用の長物である。 長野県を巨大な建造物で固めてしまったら、長野県の存在価値はなくなってしまうだろう。
 長野県の人びとは、長野県が田舎であることに非常なコンプレックスを持っている。(少なくとも私にはそう見える。) だから、地元の人びとは、長野県が開発されることに喜ぶ。都会になっていくことに喜ぶ。*
 長野新幹線が全通したときの、JR 長野支社が打った広告のキャッチコピーは、「東京は長野だ」だったそうである。 聞くに恥ずかしいコピーであるが、それが某地元新聞社の賞をとってしまったそうである。
 地元の人びとは、東京と全く違う場所だから「長野」の意味があることに気づかないのである。 東京と長野が同じになってしまったら、それこそ誰もわざわざ長野県に住んだりしない。

* 長野県の人びとも、そんなに都会が好きなのだったら、地元を破壊しないで、東京へ引っ越せばいいのである。 最初は、エキサイティングな生活を楽しめようが、何年も住めば、地元の良さが見えてくるだろう。 そうなれば、地元を都会化することよりも、自然を守り育てることが如何に大切か(そして困難か)がわかると思うのである。

 私は、長野県が好きだった。松本が好きだった。でも、地元の人びとの思いとはちょっと違う。 他では見ることができない貴重な自然が残っているから好きだった。 巨大な建築物で空が遮られてしまうこともなく、広々としていて、空気が綺麗で、水がうまかったから好きだった。
 だから、長野オリンピックなんかやらずに、貴重な自然を保存する方法を考えてほしかった。
 信州大学在学時代は、招致活動の真っ最中であった。 私は、「長野オリンピックなんてやめようよ。」と声を上げるとき、地元の人間でないものが、ちょっかい出すのは、何かおこがましいような感じがして、地元人のふりをしたものである。
 今から考えると、それは失敗だった。地元人のふりをしたことで、かえって、自分の言いたいことが、うまく伝わらなくなってしまったように思う。 本当は、余所者だってことを言ったうえで、なぜ、わざわざ信州大学を選び、長野県に住むことにしたのか、を説明すれば良かったのだ。 余所の人が、どこを好きだと思っているか、をはっきりさせれば良かったのだ。

 「郷土愛」なんて言葉が使われるけれど、一般にも、実は、地元の人びとは、「地元の良いところ」に意外と無頓着なのではないかと思う。 余所から来た人の方が、地元の良いところ悪いところを、良く見ることができるように思う。
 高松は、住んで日も浅く、好きになるかどうかは、まだわからない。 でも、もちろん、好きなところ良いところは、大切に残していって欲しいし、悪いところは、改めてもらいたい。
 信州にいた頃は、せっかくの「長野県の良いところ」を守ることができなかった。 長野県が好きで、地元の人のふりをしたかったから、かえって、それができなかった。
 だから、高松では、はやばやと余所者だって事を宣言したうえで、余所者として、香川・高松の良いところ悪いところを、じゃんじゃん言っていこうと思う。


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岡田徹太郎 tetsuta @ ec.kagawa-u.ac.jp
香川大学経済学部