半導体産業の発展とその特質

――高集積化・歩留り上昇による半導体の波（Semiconductor Wave）――

岡田徹太郎

はじめに

　半導体産業は、戦後に生まれ戦後に発展してきた産業である。

　戦後の経済発展、とくに日本の高度成長を語る場合は、鉄鋼業や自動車産業に目が向けられる。これらの産業は戦前から存在していた産業である。しかし、半導体産業はそうではない。1950年代に始まり、その発展はむしろ高度成長後の70年代以降にみられる。そういう意味で、これらの産業とは明確にその歴史を異にする。ところが、半導体産業は、そうした時期的な分類のみならず、産業としての性質も、鉄鋼業や自動車産業とは異なる。それは、鉄鋼業などが重厚長大といわれるのに対して、半導体産業が軽薄短小と表現されることにも表われている。

　半導体産業は1947年の点接触型トランジスタの発明にはじまる¹。当初は半導体としてゲルマニウムが用いられた。しかし、このトランジスタは熱に弱いという欠点をもち、とくに軍事用に転用することが困難であった。アメリカでは、軍が、熱に強いシリコントランジスタや集積回路の開発に援助を行なった。これによってアメリカは、この分野において、諸外国よりも早期の発展を実現する。

　シリコントランジスタの需要という意味では、カラーテレビなど高熱を発する民生品への応用も考えられたのであるが、結果的に、軍需がほとんどなかった日本では、アメリカで技術が確立してから転換が図られることになる。また、シリコントランジスタの技術は集積回路製造の技術と直接結びつくものであったのだが、これも電卓などの民需が発達するまで発展しなかった。

　図1は日本の半導体産業の発展の推移を示している。1960年代末までは比較的緩やかな発展しかみられないが、70年代以降は急速な伸張をみせている。その後、1986年には世界市場における半導体シェアで、日本はアメリカを追い抜くことになる²。しかし、1993年、世界市場シェアで日本はアメリカに「再逆転」され、また韓国メーカーの追い上げにより、メモリー分野の企業別シェアでも1位の座を譲り渡す結果となった。

　半導体産業は、シリコンサイクル³と呼ばれる激しい景気変動や、ラーニングカーブ⁴と呼ばれる著しい価格変動をともないながら発展してきた。シリコンサイクルもラーニングカーブも半導体産業に生じる現象を表わしたものであるが、そのメカニズムは、未だ十分に明らかにされていない。本稿では、戦後の日本の半導体産業とその関連産業の発展の特質を、アメリカ半導体産業の発展もふまえながら詳細に追っていくことによって、他産業にはみられない半導体産業特有の発展形式――高集積化・歩留り上昇による半導体の波（Semiconductor Wave）――を明らかにする。

第１節　半導体産業の発展前史──ゲルマニウムトランジスタの時代――

１．トランジスタの発明

　半導体産業の発展について論述する前に、トランジスタや半導体というものはいかなるものであるのか、理解のために必要となる点を述べておこう⁵。

　トランジスタの発明は1940年代に遡る。

　アメリカ電話電信会社（以下、AT&T）は、電話の音声増幅装置に真空管を使っていた。この真空管は「たまぎれ」を起こすという欠点があった。AT&Tとその電話機製造会社であるウェスタン・エレクトリック社（以下、WE）が共同出資して設立したベル研究所（以下、ベル研）は、1930年代頃より「たまぎれ」を起こさない次世代の技術の開発を始めた。1947年、このベル研究所で二人の技術者ジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンが「点接触型トランジスタ」を発明した。これは、真空管と異なり、固体で増幅を行なうという画期的な発明であった。

　一般的に「半導体」とは、電気を通す「導体」でもなく、電気を通さない「不導体」でもなく、電気を通したり通さなかったりする物体を指す⁶。代表的な半導体には、シリコンとゲルマニウムがあり、このとき発明された点接触型トランジスタはゲルマニウムで作られていた。WE社は、このトランジスタの量産に入り、AT&Tが電話回線に使用するが、故障が多く結局このトランジスタは使い物にならなかった。

　翌1948年、同じベル研のウィリアム・ショックレーが接合型トランジスタを考案した⁷。これが実用的なトランジスタの原型となるのだが、このとき発明されたのは理論だけであった。トランジスタや集積回路に使われる半導体は、超高純度のものが要求される。実際にトランジスタが制作されるのは、1950年に高純度ゲルマニウムが生産されるようになってからである。

　この高純度半導体⁸に、これまた高純度で微量（半導体に対して百万分の一程度）の伝導物質を混ぜ合わせP型とN型という二つの物質を作る。P型とN型の半導体をPNPあるいはNPNの三層につくりあげたものがトランジスタである。この三層の半導体のうち、中間の層は数ミクロン（1ミクロンは1/1000ミリ）に仕上げなければならない。

　これほど厳密な作業を当時は手作業で行なっていた。そのために、歩留りは低く、東京通信工業（のちのソニー）の技術者によれば、100個のトランジスタのうち99個が不良品になったこともあったという⁹。

　他の産業でいえば、製造したものは、ごく一部の不良品を除いてすべて製品となるのが普通である。この当初の歩留りの低さは、半導体産業の発展を考えるにあたって、その性格を決定的に特徴づけるものである。

２．日本のトランジスタ開発とAT&Tの技術公開

　日本のトランジスタ開発は、すでに1948年から通産省工業技術院電気試験所で始められていた。ところが「噂」程度の情報しか存在せず、実践的な研究開発は行なえなかったという。

　日本における本格的な研究開発は、AT&Tがトランジスタ技術の有料公開を行なってからのことになる。独占禁止法違反に問われることを恐れたAT&Tは、1952年、トランジスタ技術の有料公開にふみきった¹⁰。公開費用は一件につき25,000ドルであった。アメリカでは、WEが成長型という製法で接合トランジスタの量産を開始、またRCAが合金型という製法で接合トランジスタの量産を開始した。

　日本企業も、1953年になるとAT&Tの技術公開に技術者を送り込んだ。しかし、これだけでトランジスタを量産できるというわけではない。日本企業は、基本特許をAT&Tから買い、製法特許とノウハウなどを技術提携によってRCAやゼネラル・エレクトリック社（以下、GE）などから購入した¹¹。

　1955年に東京通信工業がトランジスタラジオを発表し、これが人気を博する。こうして日本のトランジスタ量産は軌道にのり、1959年には、日本はアメリカを抜いて（１年限りではあったが）ゲルマニウムトランジスタの生産量で世界一となった。

　半導体というと先端技術というイメージが先行しがちであるが、当時はトランジスタガールと呼ばれた女性労働者が手作業で生産を行なう典型的な労働集約産業のひとつであった。

第２節　シリコン・集積回路への転換

１．ゲルマニウムトランジスタの限界

　ゲルマニウムトランジスタの出現によって、小型のトランジスタラジオが発売されるなど、産業に画期的な効果を現わしたが、アメリカでは早くもその限界が露呈しはじめていた。

　冷戦の深刻化で、アメリカは軍拡競争を始めていたのだが、その最中の1957年、ソ連がスプートニクというロケットの打ち上げを成功させるという事件が起きた。当時のアメリカのロケット推進力では宇宙にロケットを打ち上げることは不可能だっただけに、アメリカ全体が大きな衝撃を受けたといわれる。このロケット推進力の差、宇宙開発力の差は、直接、軍事上のミサイル技術の差につながる。

　これに対してアメリカは、ロケット推進力の向上と並行して、ロケット用コンピュータをトランジスタ化し、軽量化を図ることで対抗しようとした。ところが、ゲルマニウムトランジスタは熱に弱く、高熱を発するロケットに搭載するコンピュータに使うことはできなかった。スプートニク打ち上げを機に、陸海空三軍が資金援助を開始し、熱に強いシリコントランジスタの開発を支援するのである¹²。

　同じ頃、接合型トランジスタを開発したショックレーは、ベル研究所を退職、サンフランシスコの南、サンタクララバレーにショックレー半導体研究所を設立した。このサンタクララバレーが後にシリコンバレーと呼ばれるようになるのである。このショックレー研究所では1年で内紛が起き、ロバート・ノイスをはじめとする8名の若手研究者が集団退職、1957年にフェアチャイルド・セミコンダクタ社を設立した。

　このフェアチャイルド社が1958年にシリコン・メサ（台地型）・トランジスタを開発、これ以後、半導体産業はシリコンの時代に転換していく。初のシリコントランジスタは、軍事用コンピュータ開発のために軍からの資金援助を受けていたIBMが、１個あたり 150ドルで購入した¹³。

　シリコントランジスタの製造を可能にしたのは、「拡散法」という製法であった。この拡散法は、より精密な作業を実現し、シリコンウェハー（シリコンの板）の上に数多くのトランジスタを搭載する集積回路（IC）の製造を可能にする技術ともなった。

　1957年、テキサスインスツルメンツ（以下、TI）社が集積回路の試作に成功した。また、1959年には従来のメサ型の欠点を克服したプレーナ技術が開発され、これをうけて、1961年にはフェアチャイルド社が集積回路の量産に入る。

　集積回路もシリコントランジスタと同様に、軍用──ミニットマンミサイル開発（ミニットマン計画）──が主で、1967, 8年頃まで、民間からの注文はほとんどなかったという¹⁴（表1）。

表1　アメリカの初期半導体生産と軍需

（単位：百万ドル, ％）

半導体								I C
年	総生産	軍需	比率	年	総生産	軍需	比率	年	生産	平均価格	軍需比率
1955	40	15	38	1962	575	223	39	1962	4	50	100
1956	90	32	36	1963	610	211	35	1963	16	31.6	94
1957	151	54	36	1964	676	192	28	1964	41	18.5	85
1958	210	81	39	1965	884	247	28	1965	79	8.3	72
1959	396	180	45	1966	1123	298	27	1966	148	5.1	53
1960	542	258	48	1967	1107	303	27	1967	228	3.3	43
1961	565	222	39	1968	1159	294	25	1968	312	2.3	37

（原資料）: J. E. Tilton, International Diffusion of Technology : The Case of Semiconductors, Brookings Institution, 1971, pp.90-91.
（出所）: 橋本寿朗「＜大転換機＞の構造調整とME技術革命」橋本編『20世紀資本主義』Ｉ、東京大学出版会、1995年、98ページ。

　こうして、アメリカのシリコントランジスタ・集積回路は、軍需に牽引されてはじまり、1972年に、半導体集積回路の生産額が素子の生産額を上回った（図2）。

２．日本のシリコントランジスタと集積回路

　日本では、軍需の影響がなく、シリコントランジスタの必要性もなかなか認知されなかった。しかし、民生品でもカラーテレビなどは、ブラウン管が高熱を発するためにゲルマニウムトランジスタを用いることはできなかった。カラーテレビの量産を考えていたソニーがシリコントランジスタの開発を始め、高純度シリコンの生産を新日本窒素に依頼した。新日本窒素は早くも、1959年に開発に成功、翌年量産に入るが、当時ゲルマニウム市場が好調だったことから、シリコンへの転換がなかなか進まず需要がなかったという¹⁵。

　その日本でも、周波数特性や熱特性の利点¹⁶などから1960年代中頃より徐々にシリコンへ転換、1969年には、シリコントランジスタの生産数量がゲルマニウムトランジスタの生産数量を超えた¹⁷。

　集積回路では、1961年に通産省工業技術院電気試験所が試作に成功している。アメリカでフェアチャイルド社が量産に入った年と同じである。このとき民間でも三菱電機が防衛庁から発注されている通信機用集積回路の研究開発を行なっていたが、これは成功しなかった。

　集積回路の量産には一つの難題があった。これにはフェアチャイルド社のプレーナ技術が欠かせなかったのであるが、この技術の独占使用権を日本電気が獲得、日本の他のメーカーはフェアチャイルド社のみならず、日本電気にも使用料を払わねばならなくなったのである¹⁸。このときアメリカから導入した技術料は売上の10％程度に達し¹⁹、これ以上の負担増はどの企業にとっても耐えられなかったといわれる。

　この事態が独自技術開発への方向を決定づけた。日本電気の独占使用権獲得から4年後の1968年、日立がプレーナ法に代わるLTP（低温表面処理）法を開発、東芝もPCT（完全結晶技術）法という独自技術を開発した。これにより、プレーナ法にたいする特許料の支払いを回避したのである。

　日本では、アメリカに6年遅れて1978年に半導体集積回路の生産額が素子の生産額を越えている（図3）。

　シリコントランジスタや集積回路への転換は、アメリカでは冷戦下での軍需が大きな役割を果たした。日本では軍需の要請がほとんどなかったために、シリコン化、集積化への立ち上がりが大幅に遅れることになった。生産額での転換の相違は、こうした初期の開発需要が大きく作用したのである。

日本では、民需によってシリコン化・集積回路化が図られた。それでは、シリコン化・集積回路化を要請した民需とはなんであったのだろうか。次節で検討していくことにする。

第３節　電卓産業の発展と集積回路

１．半導体産業を牽引した民需

　日本の集積回路の発展を牽引したのは、電卓産業であるといわれる（図4は電卓生産額の推移）。国産ICの分野別需要で電卓産業のシェアをみると、1969年は53％、71年は40％、73年は32％で、いずれもコンピュータ・通信機関連を抜いてトップである²⁰。このときは、「電卓戦争」と呼ばれた高集積化・小型化競争が激しいときであった。また、1回の半導体発注量の多さと提示される価格の低さに、半導体メーカーはしばしば驚かされたという。

　計算機は、それまで手動型・機械型・リレー型などが製造されていたが、電卓（電子式卓上計算機）は、1962年に早川電機工業（のちのシャープ）が発表したトランジスタ電卓が世界で最初である。これは、旧来の製品に対して「音がなく静かな」計算機として画期的な商品となった。

　再び、図4を参照していただきたい。1962年の最初の電卓の発売からわずか11年で電卓産業は1700億円市場となった。この間に、シャープがIC電卓を発売（1966年）するなど、高集積化・小型化へ邁進していくことになる。このときから、シャープをはじめ、樫尾製作所（のちのカシオ）や日本計算機（ビジコン社）、また乱立した電卓メーカーを加えた数多くのメーカーが「電卓戦争」とよばれる激しい競争を展開していくのである。

　図4をみていくと、1973年から1985年まで電卓の生産額が増えていないことに気づく。1973年の生産額は1730億円、1980年には最高の2023億円を記録、その後1985年の1674億円まで²¹、毎年わずかな増減があるのみである。しかしながら、この間は電卓戦争の真最中である。そこで図5を参照していただきたい。図5は、1973年を100とした電卓の生産額・生産台数・1台当たり価格の推移である。驚くべきことに1973年以降も生産台数は大幅に増えて、1台当たり価格が激しく低下している。1985年の生産台数は1973年の8.6倍、1985年の1台当たり価格は、1973年の約1/10である²²。

　図5で示されたような激しい変化が、半導体産業とその関連産業にみられる特質であるといえるのだが、ここでは結論を急がずに、さらに詳しくみていくことにしよう。

２．高集積化と歩留り上昇――価格低下の要因――

　電卓製品の激しい価格下落の根拠は、第一に高集積化ということを指摘できる。シリコントランジスタの発明それ自体が、集積回路を実現させる技術と直結するものであったことはすでに述べた。

　電卓はトランジスタから始まったが、これを集積回路に置き換えれば小型化することができる。また、同じ集積回路でも集積密度を高くすれば、さらに小型化することができる。電卓業界は、半導体メーカーに競って集積回路化、高集積化を要求した。半導体産業の側からみてもトランジスタの代わりに集積回路をつくれば、同じ投入で何倍もの機能をもった製品ができることになる。

　また第二に、新しい半導体製品を量産する過程で生じる、歩留り上昇という効果を指摘できる。ここに半導体メーカーOBの重要な証言がある。それによると、ある製品を開発していて一枚のウェハー（シリコンの板）から180個の半導体がとれるとすると、歩留り40個、つまり22％で量産に入るというのである。採算がとれるレベルが歩留り22％ということになる。ところがさらに注目すべきは次の証言で、それは、量産を続けることによって歩留りが96％まで上昇するというのである（以上の証言は、相田洋『電子立国日本の自叙伝』上、1991年、52～53ページによる²³）。

　半導体製品に用いられる高純度半導体は、環境の変化に敏感で、とくにナトリウムイオンを大敵とする。ナトリウムイオンは人の体やゴミなどに多く付着しているのだが、これをシャットアウトすることが半導体生産における歩留りを左右する。工場に立ち入る人は、体を洗浄し防塵服を着用する。工場内のゴミや塵は、極力排除する。ウェハー洗浄用の水は、蒸留水より高純度に保ち電気的にも超純水とする。半導体製造工場内の環境を改善していくことで、歩留りは徐々に上昇していく。とくに高集積化の進展が、より一層の環境改善を要求する。16MビットD-RAMの配線幅は、約0.5ミクロン²⁴。これにまたがる塵は、配線をショートさせてしまい、製品そのものを不良にしてしまう。こうした半導体の生産工場では、幅0.5ミクロンの塵を排除することが、歩留り上昇につながるのである。

　また、光学技術の精密化の影響も重要である。半導体の製造工程では集積回路のフォトマスクをウェハーに何度も重ね焼きしていくのであるが、前述のように配線が微細であり、これが少しずれるだけで不良品となってしまう。16MビットD-RAMでいえば、0.5ミクロンの配線ずれ、あるいはこれに影響をあたえる焦点ずれをも許さないのである²⁵。

　以上のように、第一に、たとえば4倍高集積化すれば、1回の製造工程で同じ量のシリコンウェハーを投入しても、4倍のシリコンチップを生産でき、第二に、同じ製品の生産においても、歩留りを2倍にすれば、シリコンチップの生産量は2倍になるわけである。また、価格の低下によって需要が増せば、その分だけますます価格を下げることができるようになる²⁶。

　電卓メーカーは、競って半導体の高集積化を要求した。また、一つの半導体製品の発注量が多ければ歩留り向上の余地が大きくなるが、同じ半導体製品の大量発注は、他に例をみない、電卓産業の特徴であった。

　大量生産による歩留り上昇と高集積化は、半導体価格を急激に低下させた。電卓産業は、大量発注と高集積化圧力によって半導体産業を劇的に変化させたのである。

第４節　集積回路の共通化とその効用

１．集積回路の共通化

　半導体産業にもうひとつの画期を与えたのが、集積回路の共通化²⁷である。電卓産業から発注される半導体は、個々の電卓メーカーの設計にしたがいカスタムICとして生産されたものがほとんどだった。ところが、これを共通の集積回路にする技術が登場した。TI社が1971年に発売した TMS-1000 というICは、記憶させるプログラムを変化させることにより、その機能を変化させた。ハードウェアを変化させずソフトウェアでコントロールするという技術の始まりである。TI社は、電卓メーカー各社の要求にあわせてプログラムだけを変え、同じICを供給したのである。

　しかしながら、これは電卓にしか用いられない集積回路であった。もっと多用途に利用できる、高機能で共通性の高いICが登場する。

　電卓メーカーの日本ビジコン社は、このようなICの開発を計画した。電卓機能のみならず、ソフトウェアによって関数や方程式の計算を行なわせ、土木設計から金利計算まで応用できるストアード・プログラム方式のICを開発しようとしたのである。

　フェアチャイルド社の設立メンバーであるロバート・ノイスは、フェアチャイルド社を退職しインテル社を設立していた。このインテル社と日本ビジコン社の技術者嶋正利氏がストアード・プログラム方式を採用したLSI（大規模集積回路：Large Scale IC）を開発した。

　これは、中央演算装置（CPU：Central Processing Unit）、固定記憶装置（ROM：Read Only Memory）、一時記憶装置（RAM：Random Access Memory）、入出力装置（I/O：Input Output circuit）の4つの部分を4つのLSIにまとめるというものである。このストアード方式は、コンピュータの原理に用いられているものであるが、それをLSI化するという発想は独特のものであった。

　インテル社は、最初の4ビット（２進数のデータ端子が４本）MPU²⁸ (CPU) 4004を1971年に発表、1973年には8ビットMPU 8080を開発した。これらのLSIは、プログラムを変化させることにより「何でもできる」半導体であった。

　生産量が増えればそれにあわせてコストも低下するが、多種にわたるICを開発するよりも、共通のLSIを開発し大量に生産することにより、歩留りの上昇や開発コストの低下をより一層加速させる。半導体はより低価格となるのである。

　これらのLSIの登場²⁹は、半導体産業に大きな画期を与えた。以下、その効果について、検討していくことにしたい。

２．D-RAMにみる半導体産業

　図6を参照していただきたい。これは、D-RAM（Dynamic RAM, 記憶保持動作が必要な随時読み出し書き込み記憶装置）の容量別価格・生産数量・出荷額の推移である。D-RAMは、前述した4つの機能のうちの1つを構成し、半導体製品のうち、日本がもっとも得意とする分野である（逆にMPUはアメリカの独占状態にある）³⁰。

　図中の数字はメモリー容量をさし、K（キロ）は1024、M（メガ）は1024Kを表わす。したがって、1Mメモリーは256Kメモリーに対して4倍高集積化されたメモリーICである。図をみていくと、電卓産業にみられたのと同様の傾向がある。価格が激しく低下し、それにあわせて生産数量が急激に伸びているのである。異なるのは、さらに高集積化されたメモリーの登場によって、世代交代がなされていることである。

　この世代交代の影響を図7の半導体産業の景気循環とあわせて考えてみたい。図7 (a)はB/Bレシオ（受注・出荷比率）の推移である。図ではB/Bレシオが1を割った時期をマークしている。図7 (b)は、日米半導体産業の対前年成長率の推移である³¹。この図では、この期間の年平均成長率15.6％³²の半分（7.8％）に満たない時期をマークしている。これら変動が半導体産業の激しい景気循環を示すものとして、一般にシリコンサイクルと呼ばれているのである。以上の図から、1981年から82年、85年から87年、89年下期から92年にかけて、半導体産業が不況に見まわれていたことが読み取れる。

　図7の半導体の景況と図6のD-RAM出荷額を比較すると次のことに気づく。1985年から87年の不況は、64K D-RAMから256K・1Mへの転換期にあたり、89年下期から92年の不況は、256K・1Mから4Mへの転換期にあたるということである。79～82年の容量別出荷額の統計はないが、通産省の資料によれば81～82年の不況は16Kから64Kへの転換期にあたる³³。これらのことから、半導体不況期と出荷額でみるD-RAMの世代転換期は一致するという図式が読み取れる。

　しかしながら、ここで問題としたいのは、不況期をD-RAM出荷（生産）数量の推移と比較してみた場合である。驚くべきことに、図6や表2に見られるとおり、出荷額が急落したこの時期にも、出荷数量は高い水準を維持しているのである。われわれは、こうした現象をどのように解釈したらよいのであろうか。

表2　半導体不況期のD-RAM出荷額と出荷数量（世界）

（1984年, 1989年=100）

	1984年	1985年	1986年	1989年	1990年	1991年
出荷額	100	44	60	100	72	79
出荷数量	100	79	93	100	107	104

（原資料）: 1984-86出荷額：VLSI、1984-86出荷数量：ICE、1989-91：WSTS
（出所）: 1988年度版『日本半導体年鑑』プレスジャーナル、1988年、243, 244ページ。1990年度版、前掲書、1990年、292ページ。1996年度版、前掲書、1996年、193ページ、より算出。

３．半導体の波（Semiconductor Wave）

　これまで指摘した傾向を一般化すると図8のような波形の発展形式（半導体の波：Semiconductor Wave³⁴）を導き出すことができる。

　半導体製品の価格の波は累積生産量の増大に応じて一貫した低下傾向を持つ。しかし、製品の価格が高い水準にあるうちは、価格低下を上回る生産数量の上昇を見込むことができ、生産総額も上昇する（第１段階）。現世代が主力の時期になると、生産数量の波は好調に伸張するが、価格低下がそれを上回るために、生産総額の波は停滞期に入ってしまう（第２段階）。価格水準が低位に落ちつく頃には需要は飽和状態となる。価格の緩やかな低下とともに生産数量の波も低下局面に入り、総じて生産総額の波も低下する。次世代への転換がはじまる（第３段階（次世代の第１段階））。

　現世代が主力の時期に、生産総額が伸び悩むうえ、生産力の上昇と価格低下を迫られるために、厳しい競争となる。さらに、現世代の競争が終わるとすぐに次世代の競争に入ってしまう。したがって、現世代製品の競争に力を削がれると、次世代製品のシェアを獲得することができない。つまり、現世代の生産数量の伸びが順調なときから、次世代製品の開発と量産化の目処をつけなければ、世代転換期の競争に敗北してしまうことになる。

　逆に、早期より次世代商品の開発と量産化の目処をつけておけば、他企業に先んじて、歩留り上昇によるコスト低下を図れることになり、競争優位を獲得することができるのである。日本企業は、1984年後半から始まった半導体不況時にも相対的に高い設備投資を継続した³⁵ ³⁶ 。これによって、アメリカを抜き、世界1位の半導体シェアを獲得したのである。1980年代中頃以降にみられた日本のD-RAM分野での躍進は、現世代製品の競争を戦いながら、次世代製品の供給を準備していたことによるものである。

　しかし、日本企業も次世代製品の開発に遅れれば、半導体産業における優位を一気に失う可能性がある。現在のところ、メモリ分野での優位には変わりないが（1993年シェア56％）、90年代に入ってから韓国メーカーの追い上げがあり、企業別のシェアでは、1位の座を譲り渡している³⁷。また、MPU分野の好調から、アメリカメーカーが復活を果たした。世界市場での半導体（全体）のシェアは、93年に日本とアメリカの立場が再逆転し、94年にはアメリカ41.4％、日本40.5％となった³⁸。

　この韓国企業の追い上げ・日米シェア再逆転は、日本企業が設備投資を控えてきたことによる。1985～87年にわたる半導体不況で、日本企業の収益は大幅に悪化した。この反省から、日本企業は、90年代に入って設備投資に慎重になったのである³⁹。4MD-RAMの需給が逼迫した93年においても「確かに需要は増大しているが、うまみのある商売とはいいがたい」（三菱電機常務の発言）、「今の価格水準が維持できれば満足」（半導体担当役員（会社名不明）の発言）⁴⁰といった見地から、新規の設備投資を抑制し、消極姿勢を崩さなかった。これに対して、アメリカの半導体メーカーを代表するインテル社やモトローラ社は、90年代に入ってMPU向けを中心に日本企業を超える設備投資を行なった⁴¹。また、韓国メーカーも積極的に増産した⁴²（表3）。結局、日本企業の収益は改善したが、シェアを奪われる結果となったのである⁴³。

　これらの経緯は、次世代商品への開発と投資がのちの競争を決定づけた、一つの好例であるといえるだろう。

表3　メーカー別半導体設備投資額

（単位：百万ドル）

	（92年順位）	1993年	1995年
インテル（アメリカ）	（1）	2,006（1）	3,500
モトローラ（アメリカ）	（2）	973（2）	-
三星電子（韓国）	（4）	930（3）	2,480
東芝	（3）	519（4）	1,220
T I（アメリカ）	（8）	512（5）	1,500
日本電気	（5）	482（6）	1,670
金星エレクトロン（韓国）	（9）	417（7）	-
日立製作所	（6）	409（8）	1,440
現代電子産業（韓国）	（19）	401（9）	-
A M D（アメリカ）	（15）	383（10）	-

（注）: 1992, 93年は、VLSIリサーチ調べ。（　）内は順位。; 1995年は、日経産業新聞による。- はデータなし。為替レートは、1ドル90円で換算。; 以後に増額修正した企業もあるので、実績値は一部異なる。
（出所）: 1992, 3年：『日経産業新聞』1993年11月29日。; 1995年：『日経産業新聞』1995年8月4日。

結　　語

　厳密な工程を要する半導体生産は、それまでの産業にはない特質をもった。第一に、同じ量の半導体を投入しても、集積度を高めれば、より高機能で、それまでの複数の製品を１つに代替するような製品をつくることができる。第二に、量産開始段階での歩留りは非常に低く、非常に高価格な製品となる。しかし、量産を続けることによって歩留りを上昇させることができ、それが激しい価格の低下をもたらす。第三に、より共通性の高いLSIが開発され、大量生産による歩留り上昇と高集積化による効用を増幅させる。

　これらの特質は、波形の発展形式（半導体の波）として表われる。第３節でみたように、生産数量の波が好調に伸張するにもかかわらず、生産総額の波が停滞するという現象を生むのである。重要なのは、この現象が半導体産業のみならず（より高集積化された次世代商品への転換と相俟って）、関連産業へ同様の効果を波及させることである。

　戦後にはじまり発展したこれらの産業は、重要な技術革新と生産数量の増大をもってしても、（生産総額の停滞から）名目上の国民経済の拡大にはあまり寄与しないという側面をもつ。図4で示されたように、電卓産業は、1973年から85年までの間、激しい競争と技術革新をもたらしながらも、名目国民総生産の拡大にまったく寄与していないのである。

　半導体産業は、激しい価格の低下と生産量の増大に大きな影響をうけざるをえない。しかし、現世代商品の競争にあけくれてしまうと次世代商品の競争にはじめから太刀打ちできないことになる。現世代商品の競争が激しく、いかに生産数量を伸ばしていても、次世代商品の開発を並行して進めねばならないのである。これは、半導体産業におけるアメリカと日本、そして韓国との競争を決定づけるひとつの要因になっていると思われる。

　半導体産業は以上のような特質のうえに成り立っている。「何でもできる」半導体の開発によって、シリコンチップ一つでコンピュータのすべての機能をはたす1チップマイコンが登場している。これにより、半導体産業はさまざまな産業へ領域を広げている。図9は、電子機器生産に占める半導体投入比率の推移である。はっきりとした上昇トレンドが読み取れる。

　半導体産業は、ますますその領域を広げ、生産額を拡大していくだろう。しかしながら、産業の内部では、生産額で測る統計以上に劇的な革新と発展がおきているのである。GNP計算には表われにくいこの発展が、戦後に生まれ戦後に発展してきたこの産業の最大の特質といえるだろう。

注

半導体は、整流器などの分野で戦前から存在していた。しかし、一つの産業として成長するための要件を満たすようになるのは戦後のことであり、点接触型トランジスタの発明をその嚆矢とするのが最も適当であると思われる。

『朝日新聞』1993年12月14日。

シリコンサイクルとは、主にアメリカのB/Bレシオ（受注・出荷比率）や日本の対前年成長率にみる半導体産業の景気循環である。

半導体産業における激しい価格低下を表現するものとして、ラーニングカーブ（習熟曲線）というものがある。それは「累積生産量が2倍になると、コストが27.6％低下する。」（谷光太郎『半導体産業の軌跡』日刊工業新聞社、1994年、188ページ）という経験則である（図は、1MビットD-RAMのラーニングカーブ）。

（出所）『'94ICガイドブック』日本電子工業会、1994年、9ページ。

第1節の概略は、主に、相田洋『電子立国日本の自叙伝』上、日本放送出版協会、1991年、による。

抵抗器など、電気を少しだけ通すものも半導体と呼ばれることもあるが、一般には用いられない。

トランジスタの発明についてはあいまいな記述が見受けられる。たとえば、「トランジスタが発明されたのは、1947年12月、米国のベル研究所においてであった。この発明によってショックレー、バーディーン、ブラッテンの三名が1956年にノーベル賞（物理学）を受賞した」（谷光、前掲書）などである。しかし、バーディーンの証言（相田、前掲書、上、164～167ページ）によれば、1947年の点接触型トランジスタの発明はショックレーの業績となっておらず、また、1948年の接合型トランジスタの発明はバーディーン、ブラッテンの業績とはなっていない。発明の経緯については正確な記述が求められるだろう。

ちなみに、現在生産される高純度シリコンの純度は99.999999999％（イレブンナイン）である。相田、前掲書、上、28ページ。

相田、前掲書、上、327ページ。アメリカでも歩留りの低さは同様で、学会などで問われて "positive"（ゼロじゃない、の意）と答えたという。同上書、中、1991年、20ページ。

現実に、1956年、AT&Tは独占禁止法の同意判決によってトランジスタにかんするすべての特許権を放棄させられた。相田、前掲書、上、236ページ。

日本電気がGE、日立がRCA、三菱電機がウェスチング・ハウス社と技術提携を結んだ。WE社などAT&Tグループは、製造ノウハウは一切売らなかったという。相田、前掲書、上、257ページ。

相田、前掲書、中、53～54ページ。アメリカ軍が1958年に開催した非公開の研究会（半導体デバイス研究会議）に参加した日本電気の技術者長船廣衛氏によると、この研究会では、軍事用特殊半導体、とりわけシリコントランジスタの開発について討議されたという。長船廣衛『半導体のあゆみ』日本電気文化センター、1987年、49～52ページ。

長船、前掲書、59ページ。相田、前掲書、中、231ページ。

相田、前掲書、中、325ページ以下。また、1958年から16年間の研究開発費のうち約半分が政府機関の援助でまかなわれたという。

相田、前掲書、中、139ページ以下。新日本窒素幹部の証言による。また、同じ証言によれば、国産の高純度シリコンを信頼せず、通産省も国内メーカーも使おうとしなかったという。

長船、前掲書、68, 73, 77-80ページ。

1969年の生産数量は、ゲルマニウムトランジスタ6億1416万個、シリコントランジスタ7億6793万個である。通商産業大臣官房調査室編『機械統計年報』各年版（以下、通産省生産動態統計、と略記）。なお、68年から74年まで、生産額の統計はとられていない。

フェアチャイルド社のノイスから、プレーナ技術の独占使用権を売りたいと話をもちかけられたのは、前出長船氏である（長船、前掲書、67ページ）。なぜ、日本電気が独占使用権を獲得しておきながら、他社に使用権を売ったのかについては、長船、同上書にも述べられていない。しかし、「（プレーナ特許など）…特許料を合計すると、売価の10パーセント以上になり、米国製品に対して大きなハンディーキャップを負うことになる。日本のメーカーは特許の取得に血のにじむ努力を重ね、お互いの特許を相殺できる段階になって、競争力がついたのである。」（同上書、53ページ）と述べていることから、日本電気自体が独占使用料を支払えず、他社へ売ることで相殺しようと考えたのではないかと思われる。

大道康則『半導体業界』教育社、1990年、120ページ。他に、前注の引用文も参照。

谷光、前掲書、80ページ。相田、前掲書、下、1992年、402ページ。

通産省生産動態統計、各年版。

通産省生産動態統計より算出。１台当たり価格は、生産額÷生産台数。

この証言は対談形式で語られており、そのまま引用することは適当でない。本文では要点だけをまとめた。

通商産業省電子産業中期展望懇談会技術予測分科会編『90年代の電子技術予測』工業調査会、1989年。

相田、前掲書、完結、1992年には、歩留り上昇をめぐる現場労働者の体験談・証言が収められている。

半導体製品の開発や新工場への設備投資にはかなりの費用がかかる。累積生産量が増大すれば、製品1個当たりの研究開発費・設備投資費用も低下することが容易に推察されよう。

本文の意味するところにしたがえば、「汎用化」という言葉が適切に思われる。しかし、汎用ICという場合、TTL（トランジスタトランジスタロジック）などの低集積度ICを含むため、誤解を避け「共通化」とした。
　しかし、一般には「汎用化」と表現されることも多い。相田、前掲書、完結、84ページ以下参照。半導体技術者の嶋正利氏自身が「汎用化」という表現を用いている。

MPU (Micro Processor Unit) 、単にマイクロプロセッサーとも呼ばれる。日本電子機械工業会の定義にしたがえば、「CPUをLSI化したもの」がMPUである。『'94ICガイドブック』日本電子機械工業会、1994年。

近年のASIC (Application Specific IC)の発展をもって「LSIのカスタム化」と表現する向きもあるが、それは事実を正確に示していないというべきであろう。成長しているのは、標準の集積回路に配線のみを変えて提供するゲートアレイ、あらかじめ設計されている機能セルを配置配線するスタンダードセルなどのセミカスタムICであり、その基本は共通化された回路にある。フルカスタムICは相対的に減少している。ASICについては1995年度版『日本半導体年鑑』プレスジャーナル、1995年、212ページ以下、などを参照されたい。

1993年、D-RAMにおける日本メーカーのシェアは62％、MPUにおけるアメリカメーカーのシェアは上位5社で97％。とくにインテルは1社で74％を占有している。前掲、1995年度版『日本半導体年鑑』169, 197ページ。

伊丹敬之氏は、図7(b)と同様の図を用いて「ジャンプアップ仮説」提唱している（伊丹敬之＋伊丹研究室『逆転のダイナミズム』NTT出版、1988年、110ページ）。それは日本の半導体産業がアメリカの半導体産業に追いつき追い越す過程をICの生産額伸び率にみる、というものである。伊丹氏の説明によれば、「ジャンプアップとは、「不況期の落ち込みは他人と同じくらいで頑張り、好況期へ入るときに他人より大きく伸びる」という行動である」（同上書、49ページ）。伊丹氏は、この「ジャンプアップ」の要因に「継続的な設備投資によって供給能力を大きめにもったこと」や「「ヒトにたよりすぎない」自動化戦略」（同上書、50ページ）をあげている。そして、この戦略は「不況期のリスク対策さえあれば」きわめて合理的なものであり、このリスク管理は、中間組織――「半導体製造装置メーカーとの密接な関係、とくに後工程を中心とした下請企業との協力体制、半導体専門商社の育成にみられる流通の系列化対策、あるいはメインバンクを中心とした密接な金融関係など」――の積極的な利用という、アメリカのメーカーでは得られない、日本の半導体メーカーのメリットによって可能になった（同上書、51ページ）としているのである。さらには「日本の半導体産業のキャッチアップのプロセスの全体の底流の基本的構造要因が、じつは日本の人本主義とアメリカの資本主義の違いではなかったかという仮説」（同上書、93ページ）を挙げ、いわば日本企業の組織構成や体質を、逆転の根本的な原因として位置づけている。
　伊丹氏が対象とした時期（1973-86年）に、日本企業が「継続的な設備投資によって供給能力を大きめにもった」という事実認識については同意できるが、継続的な設備投資を行なうためのリスク管理や中間組織の利用が「アメリカのメーカーでは得られないメリット」であったかどうかについては大いに疑問がある。
　事実、その後の半導体業界は、アメリカメーカーが主にMPU、韓国メーカーが主にD-RAMへの積極的投資を展開することでシェアを広げ、それに対して、日本メーカーがリスク分散型投資といわれる消極投資でシェアを下げていくことになるのである。
　日米韓の半導体競争については、その時々に、有効な投資先を見出しうるか、どの程度の投資をなしうるか、の行動選択・企業戦略にかかっており、国籍別の組織構成や体質とは一概に結びつけられないと思われる。

1979年から1993年までの年平均成長率は、アメリカが13.8％、日本が17.1％、日米で15.6％となる。通産省生産動態統計、各年版、U.S. Department of Commerce, Bureau of the Census, Annual Survey of Manufactures, (AS)-2, various issuesより算出。

1992年度版『日本半導体年鑑』1992年、299ページ。原資料は、通産省。同図によれば1977～79年の不況は4Kから16Kの転換期に、1974～75年の不況は1Kから4Kへの転換期に一致する。

半導体製品は、近似的に、累積生産量が4倍になると価格は1/2倍になるという法則を持つ（注4、他ラーニングカーブにかんする文献を参照）。つまり、累積生産量がn倍になると価格は1/√nになる。　t年次の生産数量をQt、価格をPt、生産額をVtとおくと、

となる。Qtの値を与えると、半導体の波となる。

1984年9月には、アメリカのB/Bレシオが1を割るなど不況色が濃くなった（『日経産業新聞』1984年10月11日）が、同年10月の時点で、日本企業各社は生産計画を増額修正、日本電気は設備投資も増額修正するなど、きわめて楽観的な計画を立てていた（同上、1984年10月30日）。

半導体不況が深刻化した1985年に入っても「日本の国内では少しづつではあるが、回復基調が現れてきている」（日本電気常務の発言、『日経産業新聞』1985年5月20日）といった見方が大勢で、さらに86年1月においては「回復が本物になった」（半導体商社社長の発言、同上、1986年1月27日）との見解まで出ている。しかし、現実には深刻な不況が続き、86年度決算の発表された87年中頃になって、「シェア第一主義は誤りだった」（日立専務の発言、同上、1987年7月1日）、「昨年来進めているコスト半減など企業体質強化を優先する」（日本電気常務の発言、同上、1987年7月1日）などの、反省の弁ともとれる発言がみられるようになった。

韓国の三星電子（Samsung Electronics）が、1M D-RAMでは1991年に、4M D-RAMでは92年に、それぞれ首位の座を獲得した。同社の94年メモリー売り上げシェアは12.5％を占め、2位の日立（同9.7％）を引き離している。藤川卓哉「一気に日本を抜き去るか韓国　続々と立ち上がる台湾メーカー」『エコノミスト』1995年10月31日号、毎日新聞社、39ページ。

志村幸雄「独走インテル、追うモトローラ　日米再逆転で元気な米国」『エコノミスト』1995年10月31日号、31ページ。

1991年10月、4M D-RAMの売れ行きの不調から、半導体各社は、生産・設備投資計画を下方修正した。『日経産業新聞』1991年10月30日。

『日経産業新聞』1993年4月7日。

『日経産業新聞』1993年11月29日。

『日経産業新聞』1991年4月18日。同1991年11月7日。同1993年11月29日。

こうした設備投資への消極姿勢を見直す動きがでている。富士通は、「有望分野への先行投資で先行者利益を享受する」（富士通取締役の発言）と、1995年度に1900億円、96年度から98年度までの3年間に7000億円以上の設備投資を実行する計画を立てている（『日刊工業新聞』1996年4月22日）。半導体生産額国内1位（95年）の日本電気の95年度設備投資1800億円から考えても、かなりの規模といえるだろう。佐藤直樹「NEC、東芝、日立、富士通、三菱、沖　国内メーカの明暗」『エコノミスト』1995年10月31日号、35ページ。

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岡田徹太郎

香川大学経済学部

半導体産業の発展とその特質

――高集積化・歩留り上昇による半導体の波（Semiconductor Wave）――

岡田 徹太郎

はじめに

第１節 半導体産業の発展前史──ゲルマニウムトランジスタの時代――

第２節 シリコン・集積回路への転換

第３節 電卓産業の発展と集積回路

第４節 集積回路の共通化とその効用

結 語

注

岡田徹太郎

第１節　半導体産業の発展前史──ゲルマニウムトランジスタの時代――

第２節　シリコン・集積回路への転換

第３節　電卓産業の発展と集積回路

第４節　集積回路の共通化とその効用

結　　語