要約

半導体産業の発展とその特質

〜高集積化と歩留り上昇による半導体の波〜

岡田徹太郎

 半導体産業は、戦後に始まり、1970年代以降に発展してきた産業である。その産業としての性質は、他産業には見られない独自性を持つ。

 日本の半導体生産は、1986年に世界市場におけるシェアで、アメリカを追い抜いた。この日本の逆転を説明したものに伊丹敬之氏のジャンプアップ仮説がある。しかし、これは、逆転の要因を主に日本企業の体質に求めたがために、あたかも日本の優位が恒常的に続くかのごとき結論を導いてしまっている。周知のように、1993年、世界市場シェアで日本はアメリカに「再逆転」され、また韓国メーカーの追い上げにより、メモリー分野の企業別シェアでも1位の座を譲り渡す結果となった。こうした経緯を分析するためには、まず半導体産業自身の特質を明らかにするところから始めねばならない。

 半導体産業は1947年の点接触型トランジスタの発明にはじまる。当初は半導体としてゲルマニウムが用いられた。しかし、このトランジスタは熱に弱いという欠点をもち、とくに軍事用に転用することが困難であった。アメリカでは、軍が、熱に強いシリコントランジスタや集積回路の開発に援助を行なった。これによってアメリカは、この分野において、諸外国よりも早期の発展を実現する。(第1節)

 日本では、軍需がほとんどなかったことから、アメリカで技術が確立してから転換が図られることになった。また、集積回路についても、電卓などの民需が発達するまで発展しなかった。(第2節)

 半導体集積回路の発展を牽引したのは、電卓産業だといわれる。ところが、発展を牽引したといわれるその時期に、電卓産業の生産額は伸びていない(1973-85)。詳細に資料を追っていくと、生産数量は大幅に伸びていながら、激しい価格の低下のために、生産総額が伸び悩むという発展の構図が見えてくる。この価格低下は、電卓の原料である半導体の高集積化と歩留りの上昇に起因している。(第3節)さらに、集積回路を共通化する技術が登場すると、その高集積化と歩留りの上昇の効用を増幅させることになる。

 生産数量の上昇と、生産総額の停滞という現象は、半導体産業においても現れる。しかし、半導体産業においては、より高集積化・高機能化したICによって世代交代がなされ、複数の波を描いているところが異なる。この半導体産業の波形発展形式(半導体の波と呼ぶ)は、以下の特徴を持つ。

 まず、第1段階。半導体製品の価格は累積生産量の増大に応じて一貫した低下傾向を持つ。しかし、製品の価格が高い水準にあるうちは、価格低下を上回る生産数量の上昇を見込むことができ、生産総額も上昇する。しかし、主力は依然として前世代商品にある。つぎに、第2段階。現世代が主力の時期になると、生産数量は好調に伸張するが、価格低下がそれを上回るために、生産総額の伸びは停滞してしまう。そして、第3段階。価格水準が低位に落ちつく頃には需要が飽和状態となり、次世代への転換がはじまる。価格の緩やかな低下とともに生産数量の波も低下局面に入り、総じて生産総額の波も低下する。(第4節)

 この「半導体の波」は、現世代商品の競争が激しい折から、次世代商品の開発と投資を進めねばならないことを明らかにする。これにより、半導体産業におけるアメリカと日本、そして韓国との競争を決定づける要因は、伊丹氏のいうジャンプアップ仮説にあるのではなく、半導体の波にあることが明らかとなるのである。(第5節)

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(C) OKADA Tetsutaro, 1995
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岡田徹太郎 tetsuta at ec.kagawa-u.ac.jp
香川大学経済学部